ロールス・ロイス・ファントムI

ロールス・ロイス ファントムI：輝ける高級車の歴史

ロールス・ロイス ファントムIは、1925年から1931年にかけて製造された、同社を代表する大型高級自動車です。名車として知られるシルヴァーゴーストの後継モデルとして開発され、その高い品質と洗練されたデザインで多くの顧客を魅了しました。

性能と技術革新

ファントムI開発の背景には、第一次世界大戦前に設計されたシルヴァーゴーストでは、1920年代の交通状況の変化に対応しきれなくなっていたという事情があります。増加する交通量と高速化へのニーズに応えるため、ロールス・ロイスは新たなエンジンの開発に着手しました。

幾多の試作を経て、最終的に採用されたのは、OHV方式の直列6気筒7,668ccエンジンです。これは、同社が以前製造していた「トゥウェンティー」をスケールアップした設計ではありますが、より大排気量化されたことに加え、シルヴァーゴーストと同様に3気筒分ずつ鋳造された2個のブロックを使用する構造を採用しています。

このエンジンは、初期型で約90馬力、1928年以降の軽合金製ヘッドモデルでは約100馬力を発揮しました。最高速度は80mph（時速約129km）に達し、70mph（時速約113km）での巡航も容易にこなせました。これは、シルヴァーゴーストを10mph（時速約16km）上回る性能です。

シャシはシルヴァーゴースト後期型と類似した構造を持ち、前車軸に縦置き半楕円リーフスプリング、後輪には1/4カンチレバー・リーフスプリングとトルクチューブドライブを組み合わせた設計となっていました。ホイールベースは143 1/2インチと150 1/2インチの2種類が用意されました。また、ラジエーターは高さが増し、手動式の縦型シャッターが装備されました。タイヤには、従来よりも太く低圧のバルーンタイヤが採用されています。

ブレーキシステムには、ロールス・ロイスが1925年に開発したメカニカルサーボシステムによる機械式四輪ドラムブレーキが搭載されました。当時、四輪ブレーキの採用は始まったばかりで、片効きや前輪ロックなどのトラブルが多く発生していましたが、ロールス・ロイスは熟慮の末、この非常に優秀なサーボシステムを採用しました。このシステムは強力で滑らかな作動が特徴で、1965年にシルヴァークラウドの製造が終了するまで使用され続けました。ただし、調整には高度な技術と熟練が必要とされました。

さらに、ファントムIには最初から有効なダンパーが装備され、高速走行時のロードホールディングが大きく向上しました。しかし、その一方で、徹底的なメンテナンスを必要とする複雑な機械でもありました。ハンドブックに記載されている整備項目は非常に多く、熟練した整備士による定期的な点検と整備が不可欠でした。

生産とモデルバリエーション

ファントムIは1925年5月2日、「ニューファントム」として発表され、当初はシルヴァーゴーストと並行して生産されました。シャシのみの価格は£1,850でした。1929年にファントムIIの発売に伴い、ファントムIと呼ばれるようになりました。英国ダービー工場では1929年までに2,212台、アメリカ合衆国のスプリングフィールド工場では1926年から1931年までに1,241台が生産されました。

ジョンケール クーペ：唯一無二の存在

ファントムIをベースとした特注車として、ジョンケールクーペが知られています。1935年にベルギーのコーチビルダー、ジョンケールによって製作されたワンオフモデルで、流線型のボディが特徴です。資料の焼失により、発注者やデザイナーは不明ですが、ファントムIのオリジナルデザインとは大きく異なる、弾丸のような形状のヘッドライトや流れるようなフェンダー、ルーフから続くテールフィンなどが目を引きます。4ドアボディを2ドアに変更し、前後どちらの座席からも乗り降りできる構造も特徴です。ロールスロイスのフロントグリルも変更されており、非常に稀少なモデルとなっています。

1936年のカンヌコンクール・デレガンスで「Prix d'Honneur」を受賞するなど高い評価を受け、その後アメリカに渡り、1950年代にレストアされた後、1991年には日本のコレクターによって約150万ドルで落札されました。2001年にはアメリカのピーターセン自動車博物館が所蔵し、大規模な修復が行われています。


ファントムIは、ロールス・ロイスの歴史において重要な位置を占めるモデルであり、その技術革新と豪華さは、自動車史に大きな足跡を残しています。そして、ジョンケールクーペのような稀少なモデルの存在が、ファントムIの魅力をさらに際立たせています。

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