ヴァイオリンソナタ第2番 (バルトーク)
バルトーク・ベーラによって1922年に作曲されたヴァイオリンソナタ第2番Sz.76は、彼のヴァイオリンとピアノのための作品群の中でも特に重要な位置を占める一曲です。
バルトークは前年に完成させたヴァイオリンソナタ第1番に続いて、1922年の7月から11月にかけて本作を書き上げました。このソナタは、当時ハンガリーを代表する気鋭のヴァイオリニストであり、バルトーク自身がピアニストとして度々共演していたイェリー・ダラーニに献呈されています。ダラーニは、ラヴェルに影響を与え、彼のヴァイオリンとピアノのための傑作『ツィガーヌ』の作曲のきっかけを作った人物としても知られています。
この第2番は、先行する第1番といくつかの顕著な特徴を共有しています。例えば、アルノルト・シェーンベルクらの影響を受けたとも指摘される、極めて大胆な半音階の使用や、バルトーク作品に一貫して見られる東欧各地、特にハンガリーやルーマニアの民俗的な舞踏音楽からの深い影響が挙げられます。バルトーク自身も、これら2つのソナタにおける半音階主義と不協和音の扱いが、彼の作品の中でも特に革新的であることを認識していました。一方で、形式においては大きな違いが見られます。第1番が伝統的なソナタの枠組みを踏襲し、3つの楽章で構成されていたのに対し、第2番は楽章の数が2つに削減され、さらに楽章間に明確な区切り（休み）を置かず続けて演奏されることで、作品全体の統一感や一体性が強く打ち出されています。この形式により、楽章の速度配列は緩やかなものから速いものへと向かう形となり、これはあたかも民俗的な器楽音楽が、より大規模で洗練された芸術音楽へと発展・拡大した姿であるかのように解釈できます。
また、このソナタからは、後のバルトーク円熟期の作品、例えば弦楽四重奏曲第4番や第5番で明確に現れる音響的な対称性（シンメトリー）に対する作曲家の意識が芽生え始めている様子が伺えます。この点において、ヴァイオリンソナタ第2番は、バルトークの作曲技法が後の厳格な構造主義へと移行する上での重要な過渡期を示す作品とも考えられます。
バルトーク自身が、これら2曲のヴァイオリンソナタを積極的に演奏したことで、同時代の著名な作曲家たち、具体的にはイーゴリ・ストラヴィンスキー、モーリス・ラヴェル、カロル・シマノフスキ、フランシス・プーランク、ダリウス・ミヨーらから高い評価と称賛を集めました。
全曲の演奏時間は楽譜上の表示でおよそ20分です。
第1楽章 Molto moderato
この楽章は「非常に穏やかに」と指定されており、提示部、展開部、再現部、そしてコーダという3つの主要な部分から構成されていますが、伝統的なソナタ形式の厳格な規則からは意図的に逸脱しています。楽章全体を通して、テンポが自由に変化したり、拍子が頻繁に変わったりするという特徴があり、これは自由で装飾的な性質を持つ東欧の様々な民謡、特にルーマニアの即興的な農耕歌である「ホラ・ルンガ」からの強い影響を示唆しています。楽章は、ヴァイオリンによる独奏のレチタティーヴォ（語りかけるような）風の旋律で始まります（譜例1を参照）。この旋律こそが、この第1楽章のみならず、ソナタ全体を統合する主要な主題となっています。後続の再現部で再び登場するのは、この主要主題のみです。
主要主題に続いて、今度はピアノが中心となって奏でられる第2の主題が現れます。さらにその後、ヴァイオリンによって第3の主題が提示されます（譜例2を参照）。この第3主題が登場するあたりから、それまで揺れ動いていた拍子に代わり、5/8拍子という一定の拍子感が聴衆に与えられます。
展開部では、民謡的な素材が解体されそうになりながらも、その根幹をなす音程関係を抽象的な形で保持し続けます。その後、最初の主要主題（譜例1）が再現部として戻ってきます。楽章の終わりは音量を徐々に弱めて閉じられますが、終止線は引かれず、そのまま続けて第2楽章へと移行します。
第2楽章 Allegretto
「やや速く」と指定されたこの第2楽章は、その音楽的な素材の多くが第1楽章で提示された主題や動機から派生しています。そのため、この楽章全体を、第1楽章で行われた「提示」に対する大規模な「展開」と見なすことも可能です。楽章の冒頭でヴァイオリンのピッツィカートによって示される短い動機（譜例3を参照）は、第1楽章の主要主題と密接に関連しています。
この動機（譜例3）が繰り返された後、ピアノによって特徴的な民俗舞踊を思わせる主題が導入されます（譜例4を参照）。
その後、譜例3の動機がより速い音価で奏され、音楽の緊迫感が高まります。この高まりの終点で、譜例4の民俗舞踊風主題が「マエストーソ」（堂々と、威厳をもって）と指定され、力強く回帰します。楽章の終盤では、ヴァイオリンのフラジオレット（軽く触れて出す高音）によって、再び第1楽章の主要主題（譜例1）が遠く回想されます。この回想に続いて、ヴァイオリンによるカデンツァ（独奏的な技巧を見せる部分）風のパッセージが置かれます。最後のコーダでは、主要主題が変形された形で再び登場し、音量を静かに弱めていき、全曲の幕が閉じられます。音楽学者のラースロー・ソムファイは、この終結部における主要主題の回想こそが、このソナタの奥底に隠された「筋書き」を明らかにしていると述べています。彼は、バルトークがここで「農夫の音楽の進化を再創造した」のであり、「即興的な（バルトーク自身の主題を用いた）独自の形式から、叙情的な歌曲の明確な節構造が生まれるまでの過程をミニチュアとして示した」のだと解説しています。
概要
バルトークは前年に完成させたヴァイオリンソナタ第1番に続いて、1922年の7月から11月にかけて本作を書き上げました。このソナタは、当時ハンガリーを代表する気鋭のヴァイオリニストであり、バルトーク自身がピアニストとして度々共演していたイェリー・ダラーニに献呈されています。ダラーニは、ラヴェルに影響を与え、彼のヴァイオリンとピアノのための傑作『ツィガーヌ』の作曲のきっかけを作った人物としても知られています。
この第2番は、先行する第1番といくつかの顕著な特徴を共有しています。例えば、アルノルト・シェーンベルクらの影響を受けたとも指摘される、極めて大胆な半音階の使用や、バルトーク作品に一貫して見られる東欧各地、特にハンガリーやルーマニアの民俗的な舞踏音楽からの深い影響が挙げられます。バルトーク自身も、これら2つのソナタにおける半音階主義と不協和音の扱いが、彼の作品の中でも特に革新的であることを認識していました。一方で、形式においては大きな違いが見られます。第1番が伝統的なソナタの枠組みを踏襲し、3つの楽章で構成されていたのに対し、第2番は楽章の数が2つに削減され、さらに楽章間に明確な区切り（休み）を置かず続けて演奏されることで、作品全体の統一感や一体性が強く打ち出されています。この形式により、楽章の速度配列は緩やかなものから速いものへと向かう形となり、これはあたかも民俗的な器楽音楽が、より大規模で洗練された芸術音楽へと発展・拡大した姿であるかのように解釈できます。
また、このソナタからは、後のバルトーク円熟期の作品、例えば弦楽四重奏曲第4番や第5番で明確に現れる音響的な対称性（シンメトリー）に対する作曲家の意識が芽生え始めている様子が伺えます。この点において、ヴァイオリンソナタ第2番は、バルトークの作曲技法が後の厳格な構造主義へと移行する上での重要な過渡期を示す作品とも考えられます。
バルトーク自身が、これら2曲のヴァイオリンソナタを積極的に演奏したことで、同時代の著名な作曲家たち、具体的にはイーゴリ・ストラヴィンスキー、モーリス・ラヴェル、カロル・シマノフスキ、フランシス・プーランク、ダリウス・ミヨーらから高い評価と称賛を集めました。
全曲の演奏時間は楽譜上の表示でおよそ20分です。
楽曲構成
第1楽章 Molto moderato
この楽章は「非常に穏やかに」と指定されており、提示部、展開部、再現部、そしてコーダという3つの主要な部分から構成されていますが、伝統的なソナタ形式の厳格な規則からは意図的に逸脱しています。楽章全体を通して、テンポが自由に変化したり、拍子が頻繁に変わったりするという特徴があり、これは自由で装飾的な性質を持つ東欧の様々な民謡、特にルーマニアの即興的な農耕歌である「ホラ・ルンガ」からの強い影響を示唆しています。楽章は、ヴァイオリンによる独奏のレチタティーヴォ（語りかけるような）風の旋律で始まります（譜例1を参照）。この旋律こそが、この第1楽章のみならず、ソナタ全体を統合する主要な主題となっています。後続の再現部で再び登場するのは、この主要主題のみです。
主要主題に続いて、今度はピアノが中心となって奏でられる第2の主題が現れます。さらにその後、ヴァイオリンによって第3の主題が提示されます（譜例2を参照）。この第3主題が登場するあたりから、それまで揺れ動いていた拍子に代わり、5/8拍子という一定の拍子感が聴衆に与えられます。
展開部では、民謡的な素材が解体されそうになりながらも、その根幹をなす音程関係を抽象的な形で保持し続けます。その後、最初の主要主題（譜例1）が再現部として戻ってきます。楽章の終わりは音量を徐々に弱めて閉じられますが、終止線は引かれず、そのまま続けて第2楽章へと移行します。
第2楽章 Allegretto
「やや速く」と指定されたこの第2楽章は、その音楽的な素材の多くが第1楽章で提示された主題や動機から派生しています。そのため、この楽章全体を、第1楽章で行われた「提示」に対する大規模な「展開」と見なすことも可能です。楽章の冒頭でヴァイオリンのピッツィカートによって示される短い動機（譜例3を参照）は、第1楽章の主要主題と密接に関連しています。
この動機（譜例3）が繰り返された後、ピアノによって特徴的な民俗舞踊を思わせる主題が導入されます（譜例4を参照）。
その後、譜例3の動機がより速い音価で奏され、音楽の緊迫感が高まります。この高まりの終点で、譜例4の民俗舞踊風主題が「マエストーソ」（堂々と、威厳をもって）と指定され、力強く回帰します。楽章の終盤では、ヴァイオリンのフラジオレット（軽く触れて出す高音）によって、再び第1楽章の主要主題（譜例1）が遠く回想されます。この回想に続いて、ヴァイオリンによるカデンツァ（独奏的な技巧を見せる部分）風のパッセージが置かれます。最後のコーダでは、主要主題が変形された形で再び登場し、音量を静かに弱めていき、全曲の幕が閉じられます。音楽学者のラースロー・ソムファイは、この終結部における主要主題の回想こそが、このソナタの奥底に隠された「筋書き」を明らかにしていると述べています。彼は、バルトークがここで「農夫の音楽の進化を再創造した」のであり、「即興的な（バルトーク自身の主題を用いた）独自の形式から、叙情的な歌曲の明確な節構造が生まれるまでの過程をミニチュアとして示した」のだと解説しています。
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