ヴァイオリンソナタ第23番 (モーツァルト)

ヴァイオリンソナタ第23番ニ長調 K.306

ヴァイオリンソナタ第23番ニ長調 K.306 (ケッヘル番号では300iとも表記される) は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲したヴァイオリンソナタの一つです。偽作とされる数曲を含めると、モーツァルトが手掛けたこのジャンルの作品としては30番目にあたります。

概要

このソナタは、1778年の夏にパリで書かれました。同時期に作曲された他のソナタ、例えば内省的な響きを持つ第28番イ長調 K.304などとは対照的に、本作はヴァイオリンとピアノが互いの性能を最大限に引き出し合い、技巧的な表現を競い合うような華やかさが際立っています。楽器のダイナミズムを活かした、輝かしく躍動的な協奏曲さながらの性格が前面に押し出されているのが特徴です。

その技巧的な要求度が高いヴィルトゥオーソ様式と、壮大で華麗な響きは、同じニ長調で作曲され、同時期にパリで初演された交響曲第31番「パリ」を想起させると言われます。

イギリスの作曲家で音楽学者でもあるフィリップ・ウィルビーは、本作の第1楽章の成立に関して興味深い説を提唱しています。彼は、モーツァルトがパリへ渡る前にマンハイムで構想しながら未完に終わった、ヴァイオリンとピアノのための協奏曲ニ長調 K.Anh.56 (315f) のスケッチが、このソナタの第1楽章に転用された可能性を指摘しています。さらに、ソナタの第2楽章と第3楽章についても、この未完協奏曲の素材が編曲・転用されたのではないかと推測しています。

このニ長調ソナタは、モーツァルトがパリで出版した全6曲からなるヴァイオリンソナタ集、通称「マンハイム・ソナタ集」（現行のケッヘル番号ではK.301からK.306にあたる）の最後に収められた作品です。この曲集は、当時のバイエルン選帝侯カール・テオドールの妃、マリア・エリーザベトに献呈されました。

楽曲構成

全3楽章で構成されています。

第1楽章：アレグロ・コン・スピーリト (Allegro con spirito)

ニ長調、4分の4拍子。活気に満ちたアレグロ楽章で、ソナタ形式で書かれています。提示部には三つの異なる主題が登場し、それぞれの性格を描き分けています。

第2楽章：アンダンテ・カンタービレ (Andante cantabile)

ト長調、4分の3拍子。歌うようなアンダンテであり、穏やかで叙情的な緩徐楽章です。こちらもソナタ形式によりますが、抒情性を重視した楽章となっています。

第3楽章：アレグレット (Allegretto)

ニ長調。この楽章は自由なロンド形式によるフィナーレで、軽快なアレグレットの雰囲気で始まります。しかし、曲はアレグレット（4分の2拍子）の部分と、より速いアレグロ（8分の6拍子）のエピソードとが交互に現れる形で進行します。楽章の後半には、ピアノが主導する約47小節に及ぶ大規模なカデンツァが挿入されており、楽器の技巧的な側面を存分に披露します。カデンツァの後、冒頭の主題と他の主題が再び現れ、華やかに曲を締めくくります。

このソナタは、モーツァルトがピアニスト及びヴァイオリニストとしての自身の技量を誇示するかのように、両楽器に高度な要求を課しており、パリ時代のモーツァルトの音楽的な野心と才能が存分に発揮された傑作と言えるでしょう。

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