ヴァレリア・ツェノヴァ

ヴァレリア・ツェノヴァ

ヴァレリア・ステファノヴナ・ツェノヴァ（露: Валерия Стефановна Ценова, 1960年10月20日 - 2007年8月17日）は、20世紀末から21世紀初頭にかけて活躍したロシアの傑出した音楽学者です。特に現代音楽研究において、比類なき貢献を果たしました。

経歴と学術的貢献

ツェノヴァは、著名な音楽学者であるユーリ・ホロポフに師事し、その指導の下で深い学識を培いました。1985年からは、母校であるロシアの名門モスクワ音楽院で教鞭を執り、後進の育成に尽力する傍ら、自身の研究活動を展開しました。彼女の学術的な功績の中でも特筆すべきは、現代音楽の分野においてロシアで初めて「大博士（グランド・ドクター）」の学位を取得したことです。これは、彼女の研究がこの分野で極めて高度かつ独創的であることの証であり、その学術的な権威を確立しました。

モスクワ音楽院では、多くの学生や研究者の論文指導、査読にも深く関わり、ロシアにおける音楽学、特に現代音楽研究の発展に不可欠な役割を担いました。

主要な研究テーマと業績

ツェノヴァの研究は多岐にわたりますが、特に20世紀後半のロシア（ソ連）現代音楽、とりわけエーディソン・デニソフ（Edison Denisov）とソフィア・グバイドゥーリナ（Sofia Gubaidulina）の作品分析に深く切り込みました。

エーディソン・デニソフについては、師であるホロポフとの共著による詳細なモノグラフ（専攻論文集）を出版し、その生涯と作品を網羅的に分析しました。この著作は英語にも翻訳され、国際的にも高く評価されています。また、デニソフの「未知の」側面を探求した著作や、彼の作品に関する会議資料集の編纂にも携わるなど、デニソフ研究において彼女は中心的な存在でした。

ソフィア・グバイドゥーリナの音楽に対しては、その作品に内在する「数秘術的な秘密」に着目し、独自の視点から詳細な分析を行いました。この画期的な研究成果は単著としてまとめられ、ドイツ語訳も出版されるなど、グバイドゥーリナ研究に新たな地平を切り開きました。

また、アルバン・ベルクの「抒情組曲」に関する共著や、現代音楽の作曲理論に関する包括的な共著（『現代音楽の作曲理論』）にも貢献しており、彼女の研究領域の幅広さを示しています。リズム、ハーモニー、12音技法、ソノリスティク、電子音響音楽など、多様な現代の作曲技法に関する論考も発表しています。

論文活動と評価

ツェノヴァは国内外の学術誌に多数の論文を発表しました。ロシア語だけでなく、英語、ドイツ語、イタリア語、ブルガリア語、フランス語など、様々な言語でその研究成果を発信し、世界の音楽学コミュニティに貢献しました。特に、旧ソ連圏の知られざる作曲家たち（アレクサンドル・ヴスチン、アンドレイ・エシュパイ、ウラディーミル・タルノポルスキー、ヴィクトル・エキモフスキー、セルゲイ・パヴレンコ、ファラージ・カラエフ、イゴール・ケファリディ、ドミートリー・スミルノフ、ヴィクトル・スースリンなど）を紹介・分析した英文の論文集は、東西の音楽学の橋渡しをする重要な役割を果たしました。

ロシア音楽学界において、彼女ほど将来を期待されていた人物は少なかったと言われています。その鋭い分析力と幅広い知識は、多くの研究者から尊敬を集めました。

惜しまれる早世

しかし、その輝かしいキャリアは突然の終わりを迎えます。2007年8月17日、ヴァレリア・ツェノヴァは自宅の書斎で倒れているところを夫に発見されましたが、既に息を引き取っていました。享年46歳というあまりにも早い死は、ロシア音楽学界、そして世界の現代音楽研究にとって計り知れない損失となりました。

ヴァレリア・ツェノヴァは短命ではありましたが、現代音楽、特に20世紀後半のロシア音楽に関する深く、そして広範な研究を通じて、後世に大きな遺産を残しました。彼女の著作や論文は、今日でも多くの研究者や音楽家によって参照され、現代音楽の理解に不可欠な光を投げかけています。

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