一川誠

一川誠氏は、日本の心理学者であり、現在、千葉大学文学部の教授を務めています。1965年5月5日に宮崎県に生まれ、大阪府で育ちました。知覚心理学を専門とし、特に人間がどのように時間や空間を認識するのかというテーマを探求し続けています。その研究は多岐にわたりますが、中でも独自の視点から展開する「時間学」は広く知られています。

学生時代は、大阪市立大学文学部で人間関係学科を専攻し、1988年に卒業しました。その後、同大学の大学院文学研究科に進み、心理学の研究を深めます。大学院後期博士課程を修了した1994年には、大阪市立大学より博士（文学）の学位を取得しました。この際に提出された博士論文は、「運動視差にもとづく奥行知覚の成立過程」と題され、人間が頭を動かしたり、視点を変えたりする際に生じる視覚的なずれ（運動視差）を利用して、どのように物体の遠近感や空間の奥行きを認識するようになるのかという、知覚の基本的なメカニズムに関する研究でした。この論文は、知覚心理学の基礎研究において重要な貢献をなすものとして評価されています。

博士号取得後、一川氏は国内外で研究活動を続けました。1995年から1997年にかけては、カナダにあるヨーク大学で研究員として海外の研究に触れました。帰国後、1997年には山口大学工学部の講師として教壇に立ち、研究と教育の道を歩み始めます。2000年には同大学の理工学研究科で助教授に昇任し、さらに研究領域を広げました。そして2006年、千葉大学文学部行動科学科の助教授として着任。2007年に准教授となり、2013年には同大学の教授に就任し、現在に至ります。この間、山口大学時間学研究所の客員教授も務めるなど、幅広い学術活動を展開しています。

一川氏の研究の中心にあるのは、知覚心理学、特に時間知覚と奥行き知覚です。私たちは時計が示す客観的な時間だけでなく、自分の内面的な状態や状況によって時間の流れを速く感じたり、遅く感じたりすることがあります。子供の頃は時間が長く感じられたのに、大人になるにつれてあっという間に一年が過ぎてしまうように感じるのはなぜか？ 退屈な時間はなぜ長く感じられるのか？ こうした日常的な「時間の感覚」に潜む心理メカニズムを科学的に解き明かすのが、一川氏が提唱し研究を進める「時間学」です。また、博士論文のテーマでもあったように、運動視差といった視覚情報からどのように空間的な奥行きを構築するのかという、人間が世界を立体的に捉える能力についても深く探求しています。

一川氏は、専門的な研究だけでなく、その成果を広く一般に伝える活動にも積極的に取り組んでいます。例えば、日本科学未来館で開催された「時間旅行展」ではサイエンスナビゲーターを務め、科学的な知見に基づいた時間の不思議を分かりやすく解説しました。また、一般向けの書籍も多数執筆しています。『大人になると、なぜ1年が短くなるのか?』（池上彰氏との共著）、『大人の時間はなぜ短いのか』といった著書は、多くの人が持つ時間に関する素朴な疑問に心理学の観点から答えるベストセラーとなりました。『時計の時間、心の時間』、『すごい!「仕事の時間」術』では、時間の感じ方や効率的な時間の使い方といったテーマを扱っています。『錯覚学 知覚の謎を解く』では、視覚的な錯覚やその他の知覚の不思議を通じて、人間がどのように世界を認識しているのかを分かりやすく解説しています。これらの著書は、専門知識がない読者でも知覚心理学や時間学の世界に触れる良い機会を提供しており、研究成果の社会還元に貢献しています。

一川誠氏の研究は、私たちが当たり前のように感じている時間や空間の認識が、実は心の状態や情報の処理の仕方によって大きく影響されることを教えてくれます。知覚心理学という学問を通じて、人間がどのように世界を捉え、経験しているのかという根源的な問いに対する答えを追求し続けており、その研究成果は教育や社会活動、そして一般向けの著作活動を通じて広く共有されています。今後のさらなる研究の発展と、そこから得られる新たな知見に期待が集まっています。

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