上野歩

上野歩（うえの あゆむ）は、1962年5月27日生まれの日本の小説家である。東京都墨田区の出身。

専修大学文学部国文学科を卒業後、直ちに作家の道に進んだわけではなく、テレビ情報誌や玩具業界誌の記者、さらには環境コンサルタント会社勤務など、多様な職業を経験している。こうした異業種での経験は、後の創作活動において、様々な世界で生きる人々を描く上での貴重な土台となった。1994年、執筆した『恋人といっしょになるでしょう』が第7回小説すばる新人賞に選出され、満を持して作家としての活動を本格的にスタートさせた。また、母校である専修大学においては、1995年から1998年、そして2003年から2006年の期間、非常勤講師として教壇に立っている。

彼の人物像や創作の背景には、生まれ育った東京の下町、墨田区が深く関わっている。生家は家内工業を営むプラスチック成形加工所であり、この経験が中小零細企業やそこで働く職人たちを描く作品の重要な源泉となっている。大学時代には、文学研究会の仲間が「群像新人文学賞」受賞を願う中で、一人「ノーベル文学賞」を願掛けしたというユーモラスな一面や、卒業論文提出の締め切り時刻にわずか3分遅れ、留年を経験したという逸話が残されている。特にこの卒論遅刻の出来事は、小説『愛は午後』の中でモチーフとして活かされている。

作家活動において、2001年に発表された『愛は午後』以降、2011年に『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を刊行するまで、およそ10年間小説の新作発表がない沈黙期間があったことは特筆されるべき点である。この時期について、本人は「小説すばる」誌上のエッセイなどで、自分がどのような小説を書くべきかを見失い、「長いこと冬眠状態」にあったと率直に語っている。しかし、この沈黙期間こそが、その後の作家活動の転換点となった。様々な分野のプロフェッショナルたちと積極的に交流し、彼らが仕事に注ぐ情熱や矜持に触れる中で、「仕事」というテーマへの関心を深めていったという。また、「週刊エコノミスト」のインタビューでは、この間に自費出版を扱う会社でアマチュア作家の添削やアドバイスを行う仕事に携わっていたことも明かしており、これもまた、多様な視点を得る経験となったと考えられる。

沈黙期間を経て以降、上野歩は再び精力的に作品を発表している。特に、生家の経験や沈黙期間中の取材で培われた視点を活かし、特定の中小企業や様々な職種、そこで働く人々の日常や奮闘を深く掘り下げた作品群は、近年の彼の主要な仕事となっている。『削り屋』、『わたし、型屋の社長になります』、『就職先はネジ屋です』、『鋳物屋なんでもつくれます』、『料理道具屋にようこそ』といった一連の作品は、町工場や専門職の世界を舞台に、働く人々の人間模様をリアルかつ温かく描き出している。また、『墨田区吾嬬町発ブラックホール行き』のように、自身のルーツである下町を舞台にした作品も手掛けている。その他にも、『探偵太宰治』のようなユニークな設定の作品や、ミステリー、人間ドラマなど、幅広いジャンルに挑戦している。『キリの理容室』は第52回夏休みの本（緑陰図書）高等学校部門に選定されたほか、第17回髪っぴー大賞を受賞するなど、各方面で評価を得ている。小説以外にもエッセイ集『ふれあい散歩 じんわりほのぼのエッセイ』や、雑誌への短編掲載など、その活動は多岐にわたる。

上野歩は、自身の多彩な経歴や生まれ育った環境、そして一度立ち止まり深く見つめ直した「仕事」というテーマを通して、現代社会を生きる人々の営みや葛藤、そしてそこにある温かさを描き出し続ける作家である。

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