世界 (映画)

映画『世界』：現代中国の群像劇

賈樟柯監督による2004年の映画『世界』は、北京世界公園という人工的な空間を舞台に、現代中国の複雑な社会構造と人々の生き様を描き出した傑作です。日本、中国、フランスの合作作品として制作され、第61回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門にも出品されました。

物語は、世界公園でダンサーとして働くタオと、恋人の守衛主任タイシェンを中心に展開します。2人の関係は、タオの元恋人の旅立ち、そしてタイシェンの新たな出会いをきっかけに揺らぎ始めます。タイシェンは仕事で出会った女性チュンに惹かれ、一方タオはロシア人ダンサーのアンナと友情を育みますが、アンナの隠された現実を知り、心の傷を負います。

物語は、複数の登場人物の物語が複雑に交錯しながら進行します。タイシェンの幼馴染サンライとその仲間アークーニャンは、北京の建設現場で過酷な労働に励みますが、アークーニャンの死という悲劇に見舞われます。アークーニャンの死は、中国経済の急速な発展の裏側にある、人間の尊厳と社会構造の歪みを浮き彫りにします。

また、ダンサーのウェイと彼女の恋人ニュウの結婚という、一見幸せな物語も、他の登場人物たちの葛藤と対比されることで、より深い意味を帯びます。ウェイとニュウの結婚式の日、タイシェンとタオの関係は決定的な危機を迎えます。タイシェンとチュンの関係を知ったタオは、タイシェンを避け、ウェイのアパートに身を寄せます。

物語のクライマックスは、深夜の三河鎮で起こる一酸化炭素中毒事件です。一組の男女が意識を失い、近隣住民によって救出されますが、その暗闇の中で、タオとタイシェンの声が響き渡ります。「俺たち、死んだのか。」「いいえ、これは新しい始まりよ。」この曖昧な結末は、登場人物たちの未来、そして現代中国の未来への問いかけとして、観る者に深い余韻を残します。

『世界』は、単なる恋愛ドラマではありません。北京世界公園というミニチュア世界の舞台装置を用いて、中国の急速な近代化の中で生きる人々の様々な姿、愛、友情、裏切り、欲望、孤独、そして希望と絶望を、繊細かつリアルに描いています。登場人物たちのそれぞれの物語は、互いに影響しあい、複雑に絡み合いながら、現代中国の社会問題や人間関係の複雑さを多角的に提示しています。

賈樟柯監督は、ドキュメンタリー的な手法を取り入れ、非プロの俳優を多く起用することで、よりリアルな人間ドラマを創り出しています。登場人物たちの自然な演技と、北京の街並みを捉えた映像は、現代中国の息遣いを感じさせます。

『世界』は、単なるエンターテインメント作品を超えた、現代社会に対する鋭い洞察とメッセージを込めた、深く印象に残る作品と言えるでしょう。観る者それぞれが、登場人物たちの運命や、彼らが生きる世界の意味を考えさせられる、そんな力強い映画です。そして、その余韻は長く心に残ることでしょう。

もう一度検索