中国 (映画)

『中国』（Chung Kuo, Cina）

『中国』（ちゅうごく、イタリア語原題：Chung Kuo, Cina）は、イタリアを代表する映画監督ミケランジェロ・アントニオーニが、1972年に製作した長編ドキュメンタリー映画である。この作品は、当時の激動期にあった中華人民共和国の社会と人々の生活を記録したものであり、その製作背景と公開を巡る経緯から、国際的にも大きな注目と論争を呼んだ。

製作背景

製作当時の中国は、文化大革命が進行中の只中にあった。意外なことに、本作の企画は中華人民共和国政府、具体的には当時の実力者であった毛沢東の夫人、江青からの要請によって実現したとされる。中国政府側は、自国の発展や人民の生活を国際社会に紹介するプロパガンダ的な作品を期待していた節がある。アントニオーニは、この依頼を受け、1972年の夏から秋にかけて、およそ8週間を費やして中国国内を旅した。彼は、限られた期間の中で、広大な国土を移動しながら撮影を行った。

取材と内容

アントニオーニと撮影クルーは、首都である北京を起点に、古都南京、風光明媚な蘇州、巨大都市上海、そして河南省の農村地帯など、様々な地域を巡り、広大な国土の一端をカメラに収めた。しかし、彼のレンズが捉えようとしたのは、政府が示す公式の姿や華々しい成果だけではなかった。むしろ、市場の活気、工場で黙々と作業する人々、学校の授業風景、病院の診察風景、そして都市部と対比される農村地帯の厳しい現実など、ごく普通の中国の人々の生活の断片や、社会のありのままの姿を、体制のプロパガンダとは異なる観察者の視点から丹念に捉えたのである。彼は、人々の表情や日常の細部に宿る真実を映し出すことに腐心した。

論争と中国での非公開

完成した作品には、中国政府、特に江青らが期待していた内容とは大きく異なる描写が含まれていた。政府は、この映画が中国の発展や人民の幸福な生活を正しく描いておらず、むしろ後進性や貧困、ネガティブな側面を強調することで中国を誹謗中傷していると猛烈に批判した。特に、文化大革命の成果を正当に評価していない点や、人々の私的な日常に入り込みすぎている点などが問題視された。批判は次第にエスカレートし、中国国内では「反中国映画」として大々的な批判キャンペーンが展開された。その結果、この映画は製作から実に30年もの間、中国国内で正式に公開されることはなかったのである。一部では、文化大革命末期の政治闘争とも関連付けて語られることもある。

国際的な評価と影響

一方で、中国国外では、アントニオーニらしい詩情豊かな映像美と、外部からは窺い知ることのできなかった当時の中国社会の一断面を捉えた貴重な記録として、高く評価された。体制による統制が強まる中で、個人の視点から中国を描いた本作は、単なる記録映像に留まらず、ドキュメンタリー映画史における重要な作品の一つと見なされている。この映画が引き起こした論争は、報道や表現の自由、そして異文化理解の難しさといった普遍的なテーマを提起するものでもあった。映画はその後、様々な国際映画祭で上映され、世界中の人々に当時の中国を知る手掛かりを提供した。中国国内でようやく一般公開が実現したのは、製作から時を経て2000年代に入ってからのことであり、その際も限定的なものであった。

関連事項

この映画の製作と公開を巡る騒動は、中華人民共和国の文化大革命期における言論統制や、外国メディアに対する政府の姿勢、そして当時の中国における人権問題といった、複数の複雑な問題と深く関連している。また、国家によるメディアの利用と、個人の表現の自由との対立という構図は、現代においてもなお多くの示唆を与えている。

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