中村恒也

中村恒也（なかむら つねや）は、1923年（大正12年）3月8日に生まれ、2018年（平成30年）12月25日に95歳でその生涯を閉じた、日本の傑出した技術者であり実業家である。特にセイコーエプソンの発展に深く貢献し、代表取締役社長も務めた人物として知られる。

山形県酒田市に生を受けた中村氏は、地元の山形県立酒田中学校（現在の山形県立酒田東高等学校）で学び、その後、1944年に日本大学理工学部機械工学科を卒業した。卒業と同年に第二精工舎（現在のセイコーインスツル）に入社。翌1945年には、同社の諏訪工場（後の諏訪精工舎、現在のセイコーエプソン）へと籍を移し、以後この地を拠点にキャリアを重ねていくこととなる。

技術者として頭角を現したのは、機械式時計の開発においてである。1956年には、後のグランドセイコーにも繋がる高精度機械式腕時計の基礎を築いたとされる「マーベル」を独自に設計し、商品化に成功した。さらに1959年には、画期的な自動巻き機構を備えた「ジャイロマーベル」の開発を手がけるなど、日本の時計技術向上に大きな貢献を果たした。

中村氏の功績の中で最も特筆すべきは、クォーツ時計の実用化と普及への貢献である。1963年に諏訪精工舎の取締役に就任した後、1964年の東京オリンピックで使用される公式計時用の水晶時計開発プロジェクトのリーダーを務めた。このプロジェクトで培われた技術と経験が、後のクォーツ腕時計開発へと繋がっていく。そして1969年、世界で初めて実用的なクォーツ腕時計である「セイコーアストロン」の商品化を成功させたのである。これは時計産業に革命をもたらし、日本の精密工業技術力を世界に広く知らしめる歴史的な快挙であった。

経営者としても重要な役割を担った。クォーツ腕時計の商品化を成功させた後は、諏訪精工舎の常務取締役を経て、1982年にはエプソン（後のセイコーエプソン）の代表取締役社長に就任し、同時に諏訪精工舎の副社長も務めた。トップマネジメントとして、精密機器メーカーとしての同社の礎を盤石なものとした。

また、故郷である山形県酒田市への貢献にも並々ならぬ情熱を注いだ。酒田市が酒田大火からの復興途上にあり、主要企業の撤退などもあって経済的な困難に直面していた状況を受け、郷里の産業振興と雇用創出を支援することを強く志した。その結果、1985年には生産子会社である庄内電子工業（現在の東北エプソン）の発足を主導し、地域経済の活性化に尽力した。

1987年には、服部一郎社長の死去に伴い、セイコーエプソンの社長に就任。この時期には、環境問題への意識の高まりを受け、製造工程で大量に使用されていた洗浄用フロンガスの全廃という、当時としては極めて先進的かつ大胆な環境対策を推進した。これは企業の社会的責任を果たす上での重要な取り組みであった。

その後も、1991年にセイコーエプソン副会長、東北エプソン会長に就任。1994年にはセイコーエプソン相談役、2004年には名誉相談役として、長きにわたり同社の経営に助言を与え続けた。

さらに、個人的な親交のあった指揮者・小澤征爾氏が率いるサイトウ・キネン・フェスティバル松本（現在のセイジ・オザワ 松本フェスティバル）の長野県松本市での開催実現に向けても尽力するなど、文化・芸術活動への支援も惜しまなかった。

2018年12月25日、老衰のため自宅にて安らかに死去した。享年95歳。その功績に対し、没後には従四位が叙せられた。また、洗浄用フロン全廃への取り組みなどが評価され、米国環境保護庁より成層圏オゾン層保護賞を受賞している。著書に『技術は人びとのために 諏訪と時計と私』、『私の歩んできた道 技術・地方・共生』がある。

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