中華人民共和国の戸籍制度

中華人民共和国の戸籍制度（戸口）

中華人民共和国の戸籍制度は「戸口（フーコオ）」と呼ばれ、国民を出生地に基づいて区分し、社会的な権利や福祉の享受水準に差を設ける基盤となっています。この制度は、特に教育、医療、不動産取引、労働条件といった様々な側面に影響を及ぼします。

制度の始まりと初期の目的

中華人民共和国が成立した1949年以降、冷戦下での米ソ対立や朝鮮戦争の影響を受け、中国は国家の安全保障を重視する姿勢を強めました。同時に、ソ連をモデルとした重工業優先の経済建設を進める上で、資金不足を補うために農産物を輸出し外貨を獲得する必要が生じました。こうした背景の下、政府は国内に残存する反体制勢力の把握と管理を目的として、都市部から戸籍制度の整備に着手しました。

1950年には共産党に反対する人々を指す「特殊人口」の管理に関する規定が設けられ、翌年には都市全体の戸籍管理に関する暫定条例が制定されました。制度開始当初の反革命勢力管理という側面は、その後の社会情勢の変化と共に薄れていきましたが、人口管理という機能は継続・強化されていきました。

計画経済下の都市と農村

1950年代に入り、第一次五カ年計画の下で国営重工業部門が中国経済の中核を担う体制が確立されました。この近代産業化は都市での雇用を増加させましたが、同時に都市住民への食料供給が大きな課題となりました。当時の農村は生産性が低く、都市向けに供給できる食料が限られていたためです。

1953年、「統一買付・統一販売」制度が導入され、農民は国家が定めた低い価格で余剰食料を国家に売却することが強制される一方、都市住民には低価格で食料が供給されるようになりました。この制度は、都市と農村の間で役割を明確に分ける構造を生み出しました。さらに、農村での農業集団化が進められましたが、これは農民の生産意欲を低下させ、食料不足に拍車をかけました。

こうした状況の中、国営企業の福利厚生が享受できる都市部と、厳しい生活を強いられる農村部との間で経済格差が拡大し、1950年代後半には農村から都市への大規模な人口流入が発生しました。これにより都市では資源不足が深刻化し、農村では労働力が流出するという問題が生じました。政府は「盲流」と呼ばれるこの無秩序な人口移動を抑制しようとしましたが、強制的な帰還策なども効果が限定的でした。

『戸口登記管理条例』の制定

人口移動の管理と抑制を徹底するため、政府は法的な人口管理システムとしての戸籍制度の確立を進めました。そして1958年1月8日、新中国初の統一的な戸籍管理法規である『戸口登記管理条例』が公布され、現役軍人を除く全中国公民に適用されました。

この条例により、国民は常住地での戸籍登録が義務付けられ、一人につき一箇所のみ登録が可能となりました。登録は「戸」を単位とし、戸主が責任者となります。登録内容には氏名、性別、民族、出生地、現住所、籍貫（祖父の居住地）、学歴、職業などが含まれ、これらの情報は公民の身分を証明する法的根拠となり、後に導入される居民身分証の記載内容の基礎ともなりました。

当初は統計的に「農戸」と「非農戸」という区分が存在しましたが、後の改革を経て「家庭戸」と「集団戸」という区分に置き換わるなど、時代の変化に応じた見直しも行われています。

人口移動の制限

『戸口登記管理条例』は、農村から都市への人口移動に対して厳しい制限を設けました。都市への移住には、都市の労働部門による採用証明書や学校の入学証明書、あるいは都市の戸籍機関による転入許可証明書などが必要とされました。これは、都市への過度な人口集中を防ぎ、計画経済を円滑に運営するための措置でした。

一方で、都市から農村への移動は比較的自由でした。この非対称な移動制限は、戸籍が「都市戸籍」と「農村戸籍」の二つに分類され、異なる管理がなされる体制を強化しました。農村戸籍は、その保有者が農村部に居住していることを示すものでしたが、必ずしも農民であることを意味するものではありませんでした。

改革の進展

文化大革命終息後の1977年、政府は「農転非（農業人口を非農業人口へ転換する）」政策を開始しました。これは、農村への移動禁止原則を維持しつつも、限定的に有能な人材の都市への復帰を認めるものでした。農業改革の成功や郷鎮企業の発展に伴い、この政策は徐々に拡大しました。特に1984年には、小都市（建制鎮）で工業などに従事する農民に対して「食料自給戸籍」を付与し、彼らを非農業人口に含めることで、農村から都市への転換を促しました。

1990年代以降、沿海部の経済発展と都市化が進み、市場経済の浸透によって配給制度が廃止されると、従来の戸籍管理制度を維持する根拠が弱まり、改革への圧力が強まりました。1998年には「農転非政策」が大幅に緩和され、経済活動上の必要や住宅購入などを理由に、地方政府の判断で都市への移住を認める制度が全国的に導入されました。

暫住証から居住証へ

沿海工業地帯の急成長は、内陸部からの大量の労働力移動を不可避なものとしました。こうした出稼ぎ労働者（農民工）を管理するため、1985年に「暫住証」制度が導入されました。これは一時的な都市滞在を認めるものでしたが、暫住証保持者は都市住民と同等の社会保障や医療、教育といった公共サービスを受けることができませんでした。不安定な生活を強いられた農民工の間には不満が蓄積しました。

戸籍制度の根本的な改革が進まない中、2010年頃から北京や上海といった大都市で、暫住証を「居住証」に切り替える措置が始まりました。居住証は都市によって内容は異なりますが、医療や社会福祉面で都市住民と同等の待遇を一部保証し、一定期間の居住後に都市戸籍取得の可能性を与えるものとして期待されました。しかし、これは依然として外来人口を差別する側面があり、抜本的な解決には至っていません。

近年の緩和と課題

習近平政権下で発表された「国家新型都市化計画」（2014年）では、都市規模に応じて戸籍登録の規制を緩和し、2020年までに1億人に都市戸籍を付与するという目標が掲げられました。これは、農民工を都市に移住させ消費者化することで経済成長を促す狙いがありました。一方で、この政策推進に伴い、農民工居住区が強制的に取り壊される事例も発生しました。

2016年や2019年には、中小都市での移住制限撤廃や、大都市での定住条件緩和が進められました。特に若手・優秀な人材の獲得を目指し、多くの都市で大卒者に対する戸籍取得条件が大幅に緩和されました。石家庄のように戸籍取得条件を全て撤廃した省都も現れました。

しかし、人口500万人以上の超大都市、特に上海や北京では、依然として戸籍取得が極めて困難な状況が続いています。厳しいポイント制や取得枠の制限により、希望者のうちごく一部しか都市戸籍を取得できていません。

2018年末時点で、都市に居住しながら都市戸籍を持たない人口は約2.26億人に及び、都市総人口の約16%を占めています。転籍は進んでいるものの、絶対数は依然として多く、深圳や東莞では非都市戸籍者が都市戸籍者を上回る「倒挂」現象も見られます。

戸籍転換が期待通りに進まない背景には、複数の要因があります。政府側は公共サービス提供の負担増を懸念し、特に低学歴・単純労働者の受け入れに消極的な傾向があります。他方、農民工側は、農村の土地集団所有権やその運用による配当といった経済的権益を手放したくないという強い誘因があるため、都市戸籍取得に踏み切れないケースが多く見られます。

戸籍制度改革は現在も進行中ですが、都市・農村間の格差や社会的な不平等、そして既存の権利構造との調整といった、複雑な課題を抱えています。

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