事故調 (小説)

『事故調』（じこちょう）は、推理作家・伊兼源太郎が手がけた長編小説です。2014年5月30日にKADOKAWAより単行本として刊行されました。

本作は、元新聞記者という経歴を持つ著者自身が、神戸在住時に報じられた明石市の海岸での陥没事故とその報道に触発されて書き上げられたものです。物語の主人公には、一般的な正義感に燃える若者像ではなく、人生の挫折を経験した40歳手前の元刑事が据えられています。これは、現実の事故において「何も行動を起こさなかった」という無為が問題視されることがあるため、主人公自身にも過去の失敗に対する後悔を抱えさせ、事故調査を通して自己と向き合う姿を描くことを著者が意図したためです。

物語は、過去の事件で人質を救えなかったトラウマから警察を辞職し、現在は市役所の広報課で目立たない公務員として働く黒木浩一を軸に進みます。ある日、8年前に市主導で作られた人工海岸で突然の陥没事故が発生し、遊んでいた少年が巻き込まれて重体、後に命を落とします。元刑事の経歴を買われた黒木は、市長からこの事故の特命調査を命じられますが、その真の目的は、市の責任を認めず、調査委員会の判断より早く「事故は市の過失ではない」と結論づけることでした。

調査を進めるうち、市の関係者たちが口裏を合わせたかのように「想定外」「前例がない」といった言葉を繰り返し、黒木は事故が人災である可能性を強く感じます。しかし、市の意向に従うため、刑事時代の伝手を使い情報屋から調査委員会の委員長に関する不都合な情報を得て、調査結果を市に有利に操作させようと画策します。そんな中、黒木の自宅に「陥没は事故ではなく殺人未遂である」と告発する手紙が届き、彼の心に疑念が芽生えます。

告発を受け、黒木は調査の方向性を変え始めます。海岸の施工に関する重要なファイルが失われていることに気づき、事故を隠蔽しようとする勢力と、真相を明らかにしようとする勢力が存在することを察知します。被害少年の訃報に接し、黒木は遂に市長の思惑に反し、事故の真実を徹底的に追求することを決意します。調査の結果、施工業者が海岸完成間近に土のう袋を用途を偽って大量購入していた事実が明らかになります。入院中の下請業者社長・俵屋から連絡を受け、黒木は彼から陥没の危険性を予見し、市の担当者にも報告していたことを聞き出します。

真実に激しく憤った黒木は市長室に乗り込み、全てを公表すると迫ります。しかし市長は自身の不正を認めつつも開き直る態度を見せます。黒木は、報告を怠った当時の責任者を見つけ出し、自殺しようとしていた彼を止め、事故に対する無為と責任を糾弾します。翌日、黒木主導で記者会見が開かれ、事故の真相が公表されます。市長は辞職を表明し、次期市長選への出馬を表明していた市議の不正も暴かれます。保身に走る関係者たちの怒号が飛び交う中で、黒木は彼らの無責任な姿勢を一喝します。

一連の出来事の後、混乱する市役所と絶えない市民からの苦情を目の当たりにした黒木は、事故現場に一人佇みながら、自分の行動が本当に正しかったのかと自問します。そして、生きていれば後悔は尽きないものだと噛みしめるのでした。

本作は、2015年4月1日にはテレビ東京系列の「水曜ミステリー9」枠で、春の特選サスペンスとしてテレビドラマ化もされています。

主な登場人物には、過去の失敗を引きずる主人公・黒木浩一、事故被害者の母・長田花恵、市の隠蔽を主導する権田市長、主人公を支える情報屋や元同僚刑事などがいます。組織の論理と個人の正義、隠蔽工作と真相追求の対立、そして過去の克服というテーマが深く描かれた作品です。

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