五十猛のグロ

五十猛のグロ

島根県大田市五十猛町の沿岸部に位置する大浦地区には、古くから受け継がれてきた独特な小正月の伝統行事「五十猛のグロ」があります。これは、お正月の飾りなどを焼くことで知られる「左義長」や「どんど焼き」と同種の火祭りですが、その形態や進行に地域ならではの特色が色濃く表れており、特に西日本地域では珍しい事例として注目されています。この価値が認められ、２００５年（平成１７年）２月２１日には国の重要無形民俗文化財に指定されています。

行事の名称ともなっている「グロ」とは、笹や竹、茣蓙（ござ）など、自然素材を用いて作られる仮設の小屋を指します。この小屋の建造は、行事の中心的な準備作業となります。まず、その象徴ともいえる「センボクサン」と呼ばれる２本の青竹を束ねて柱とするところから始まります。この柱は高さが約２０メートルにも達し、非常に雄大です。センボクサンには二箇所に横木（桁）が十字状に組まれ、紙垂（しで）や色鮮やかな吹き流しで装飾が施されます。次に、センボクサンの周囲に地面に杭を打ち込み、そこから放射状に笹竹を組んで屋根の骨組みを作り上げていきます。最後に、この骨組みの上に茣蓙を丁寧に葺くことで、「グロ」は完成を迎えます。完成したグロは、直径が約６メートル、高さが２メートルあまりの円錐形の小屋となります。

この「グロ」の中では、様々な儀式や祈願が行われます。小屋の中心にあるセンボクサンには、海藻の一種であるホンダワラが取り付けられます。これは、その地域でトシトコサンと呼ばれる歳徳神への大切な供え物とされています。また、小屋の内部には囲炉裏が設けられ、参加者はそこで発生する煙を浴びたり、囲炉裏で焼いたものを食べたりします。これらの行為は、新しい一年間の家族の無病息災や、漁業に携わる人々にとって非常に重要な豊漁を祈願するためのものです。さらに、お正月に搗いた鏡餅を作る過程で鍋や釜についた煤（すす）を顔に塗ることでも、同様の御利益があると信じられています。

「五十猛のグロ」の準備は、主に地元の漁業者を中心に約４０人ほどの地域住民が集まって行われます。行事自体は、毎年１月１１日の早朝に始まり、５日間かけて１月１５日まで執り行われます。最終日には、この役割を終えた「グロ」が解体され、お正月の飾りなどと共に燃やされます。しかし、小屋のシンボルであるセンボクサンだけは焼かれず、船の材料として売却されるという、特徴的な慣習があります。

この行事は、かつて島根県の中部沿岸部の広い範囲で伝えられていましたが、時代の変遷と共に担い手が減少し、現在ではこの大浦地区でのみ開催される貴重な存在となっています。神様を迎え入れ、そして再びお送りするという一連の厳粛な儀礼や、特定の行為を避けるべきとされる禁忌など、多様な民俗的な要素が深く根ざしている点も、この行事の重要な特徴です。

近年では、新型コロナウイルス感染症の影響により、例えば２０２２年には開催が中止されるなど、社会情勢によって実施が左右されることもありました。行事への参加は基本的に無料で、地域の伝統文化を間近で見ることができる貴重な機会となっています。主なアクセスとしては、ＪＲ大田市駅からバスに乗り、大浦西口で下車後、徒歩で約１０分程度で会場に到着できます。

「五十猛のグロ」は、単なる火祭りではなく、地域の人々の結束や、自然への感謝、そして未来への願いが込められた、生きた民俗文化遺産と言えるでしょう。

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