井上さつき

井上さつき

井上さつき（いのうえ さつき）は、1956年5月生まれの日本の音楽学者であり、愛知県立芸術大学の教授を務めています。彼女の研究は主に、19世紀から20世紀初頭にかけての近代フランス音楽史、そして日本近代における西洋楽器の導入と普及の歴史という二つの柱から成り立っています。

経歴

東京都で生まれた井上さつきは、音楽学への道を東京藝術大学で歩み始めました。1978年に同大学の音楽学部楽理科を卒業後、大学院へと進み、博士課程を単位取得満期退学しています。大学院修士課程在学中にはフランスへ留学し、パリのソルボンヌ大学で学び、修士課程を修了しました。このフランスでの経験が、その後の近代フランス音楽史研究の礎となったと言えるでしょう。

帰国後、愛知県立芸術大学音楽学部に奉職し、専任講師、助教授を経て教授に昇任。長年にわたり教鞭を執りながら研究活動を続けました。2007年には、パリで開催された万国博覧会における音楽、特に「音楽展」に焦点を当てた博士学位論文が認められ、東京藝術大学から博士（音楽学）の学位を授与されました。この博士論文は、その後の著作にも結実しています。

研究分野と業績

井上さつきの研究テーマは多岐にわたりますが、中でも注目されるのは19世紀末から20世紀初頭にかけてのフランス音楽と、明治以降の日本における洋楽器受容史です。フランス音楽史においては、単に作曲家や作品を分析するだけでなく、文化史的な視点から音楽を捉えることを重視しており、特にパリ万博における音楽の役割に深い洞察を示しています。代表的な著書『音楽を展示する―パリ万博1855‐1900』は、この研究の集大成と言えるでしょう。

また、日本近代の洋楽器受容史に関する研究も彼女の重要な活動の一つです。日本の音楽教育や演奏史において極めて重要な役割を果たした洋楽器、特にヴァイオリンやピアノがどのように日本に導入され、発展していったのかを歴史的に検証しています。著書『日本のヴァイオイリン王 鈴木政吉の生涯と幻の名器』や『ピアノの近代史 : 技術革新、世界市場、日本の発展』は、この分野における先駆的かつ詳細な研究成果として高く評価されています。

これらの研究活動と並行して、多数の著書を執筆しており、『フランス音楽史』（今谷和徳と共著）や作曲家個人の生涯と作品に迫る『ラヴェル』など、一般の音楽愛好家にも分かりやすく、かつ学術的な厳密さを備えた著作を多く発表しています。また、ビゼー、マーラー、ラヴェル、ベルリオーズなどの重要な作曲家や作品に関する翻訳も手がけており、海外の研究成果を日本に紹介する役割も担っています。

その他の活動

学術研究や教育活動に加え、井上さつきは音楽に関する専門知識を広く一般に伝える活動にも積極的に取り組んでいます。NHK-FMの「ブラボー!オーケストラ」や、10年以上にわたり構成を担当した「あさのバロック」など、ラジオ番組への出演や構成を通じて、クラシック音楽の魅力や背景にある歴史、文化について解説を行ってきました。クラシック番組の解説者としても多数出演しています。

また、コンサート企画にも携わっており、「幻の政吉ヴァイオリンでたどる名古屋の知られざる音楽史」と題された全4回のシリーズコンサートでは、企画構成と「お話」を担当し、自身の研究成果を演奏会という形で聴衆に届けました。これは、学術研究を社会に還元する貴重な試みと言えるでしょう。

井上さつきの活動は、近代フランス音楽史と日本近代の洋楽器史という専門分野における学術的な探求にとどまらず、教育、著作、メディア出演、コンサート企画など多岐にわたり、日本の音楽学界の発展に貢献するとともに、音楽文化の普及啓発にも大きな役割を果たしています。今後の更なる研究活動や発信が期待されています。

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