井口喜源治

井口喜源冶と研成義塾：信州の教育に光を灯した生涯

井口喜源冶は、1870年（明治3年）、現在の長野県安曇野市に生まれました。仕立屋を営む家庭の長男として育ち、幼い頃に母を亡くした経験は、彼の人生観に大きな影響を与えたと考えられます。

明治17年、研成学校の支校である保等学校を卒業後、旧制長野県中学校松本支校に進学。そこで出会った米国人宣教師からキリスト教の教えを受け、強い信仰心を抱くようになりました。その後、明治法律学校で法律を学びましたが、同時に教会に通い、内村鑑三ら著名な宗教家と交流し、教育の道に進むことを決意します。

上高井高等小学校小布施分校、松本尋常高等小学校を経て、明治26年に結婚を機に郷里の東穂高組合高等小学校に赴任。しかし、キリスト教への信仰を公然と示したことで、周囲の反発を招き、明治31年には公教育の場を追われることになります。

この出来事をきっかけに、井口は旧友である相馬愛蔵らと共に、私塾「研成義塾」を設立します。当初は村の集会所を借りての小規模な塾でしたが、その後、新校舎を建設。質の高い教育を目指し、「学生の多数を望まず、校舎の壮大なるを望まず」、「一人の教師が一人の生徒と信頼をもって相対」という理念を掲げました。

研成義塾では、キリスト教に基づいた人格教育が徹底され、「偉い人」ではなく「善い人」になることを教育目標としていました。この塾からは、評論家、実業家、芸術家など様々な分野で活躍する人材が輩出されました。中には、朝日新聞の評論家や日系人の強制収容に抵抗した人物も含まれており、研成義塾が地域社会に大きな影響を与えたことを示しています。

井口は、思想家・内村鑑三を深く敬愛し、内村は何度も研成義塾を訪れ、講演を行うなど、井口の教育活動に大きな支援を行いました。昭和3年には、研成義塾創立30周年を祝う式典が予定されていましたが、内村は病気のため欠席。その代わりに送られた祝辞の中で、内村は井口をソクラテス、ペスタロッチ、中江藤樹らと並ぶ偉大な教育者として称賛しました。

内村の評価は、井口の教育理念が信州の教育界に大きな影響を与えたことを示しています。その教育思想は、後の信州の多くの教師に受け継がれ、信州教育に大きな足跡を残しました。

しかし、昭和7年、井口は脳溢血で倒れ、昭和13年には研成義塾を廃校届けを提出。同年7月、69歳で亡くなりました。

井口喜源冶の生涯と研成義塾の活動は、キリスト教精神に基づいた教育の大切さを示す、貴重な歴史的遺産と言えます。彼の教育理念は、現在でも多くの教育関係者に影響を与え続けており、地域社会の発展に貢献した偉大な人物として、その功績は高く評価されています。彼の墓は、安曇野市穂高にあります。

参考文献

『井口喜源治と研成義塾』 南安曇教育会、1981年
『孜々として―安曇野・穂高町の人物群像』 穂高中学校編、2000年
『長野県史 通史編 第7巻 近世1』
その他多数

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