井笠鉄道本線

井笠鉄道の本線は、岡山県笠岡市にある笠岡駅と、井原市の井原駅を結んでいた鉄道路線です。その全長は19.4キロメートルで、採用されていた軌間は762mmという特殊な狭軌でした。路線の構造は全線にわたって単線・非電化であり、列車運行の保安方式として通票閉塞式が用いられていました。起終点を含む合計11の駅が設置されていました。

歴史と変遷

この路線の歴史は、1910年 7月19日に敷設免許が申請されたことから始まります。同年12月7日に免許が認可され、1911年7月1日には事業主体となる井原笠岡軽便鉄道株式会社が資本金25万円で設立されました。初代社長には馬越恭平が就任しています。建設工事を経て、1913年 11月17日、笠岡町駅（現在の笠岡駅）から井原駅までの全線が開業を迎えました。開業当初は、笠岡町、鬮場、大井村、小平井、吉田村、新山、北川、薬師、木之子、七日市、井原の各駅が開設されています。1915年 11月26日には社名が井笠鉄道株式会社に変更されました。

重要な変化として、1924年には鉄道省（後の国鉄）山陽本線の笠岡駅構内拡張に伴い、井笠鉄道の笠岡町駅が廃止され、省線笠岡駅構内への乗り入れが開始されました。この際、笠岡町駅は正式には笠岡駅と改称されています。また、1927年から1930年の間に、薬師駅と木之子駅は移転し、キロ程が変更されました。

特に先進的だったのは、1927年3月25日に導入された瓦斯倫動力（ガソリンエンジン）を利用した小型気動車、通称「軌道自動車」です。これは当時普及しつつあったバスへの対抗策として、高頻度運転を実現するために開発されたもので、簡素な構造により低コストでの運用が可能でした。軌道自動車は大きな成功を収め、増備が行われたほか、同年10月にはワンマン運転（乗務車掌廃止特許）が申請されるなど、合理化とサービス向上に貢献しました。この「軌道自動車」の導入により、この時代の非電化地方私鉄としては異例の高い運行頻度が実現されました。

太平洋戦争中は燃料不足の影響を受け、気動車の運行が制限されました。戦後になると、戦前型気動車のディーゼル化が進められ、1955年には戦後初の新造気動車であるホジ1形が投入されました。これにより蒸気機関車による定期旅客列車運用は休止となり、1961年には在籍していた蒸気機関車が全て除籍され、無煙化が完了しました。戦後、気動車の性能向上と増備によりスピードアップが図られ、運行本数も大幅に増加しました。しかし、モータリゼーションの波には逆らえず、1969年 12月25日に笠岡 - 井原間の廃止許可が申請され、1971年 3月15日に認可。そして、1971年 4月1日をもって、本線はその約60年間の歴史に終止符を打ちました。

運行と車両

開業当初は1日6往復の運転で、所要時間は1時間22分程度でした。軌道自動車導入後は、従来の蒸気列車に加えて1日8往復が増発され、日中でも比較的高い頻度で列車が運行されました。戦後の気動車化後は、1日18往復前後まで列車が増え、朝夕は約40分間隔、日中は約60分間隔での運転となり、所要時間も41分から50分程度に短縮されています。基本的な編成は気動車1両に客車1両または2両を連結するものでした。貨物輸送は1968年まで行われ、これは旅客列車に貨車を連結した混合列車として運行されました。ただし、通学時間帯など特に混雑する列車では、最大で気動車2両の間に客車4両を挟んだ6両編成という長編成での運転も行われていました。

開業時の車両は、ドイツから輸入された蒸気機関車3両と、名古屋の日本車輌製造本店で製造された客車6両、貨車12両の合計21両でした。前述の軌道自動車は日本車輌製造本店製です。戦中戦後の混乱期には、燃料不足や車両の老朽化が問題となりましたが、戦後にはディーゼル動車化や新造車両の導入が進められました。廃止直前の1971年3月末時点では、気動車8両、客車10両、貨車10両の合計28両が在籍していました。

駅と接続

本線には、笠岡、鬮場、大井村、小平井、吉田村、新山、北川、薬師、木之子、七日市、井原の11駅が存在しました。起点である笠岡駅では国鉄山陽本線と接続しており、地域間の移動の拠点となっていました。また、路線中間の北川駅では井笠鉄道の矢掛線が分岐しており、終点の井原駅では同じく井笠鉄道の神辺線と接続していました。これらの路線網を通じて、本線は井笠地域における交通の大動脈としての役割を果たしていました。

廃止後の姿

本線の廃止から長い年月が経過しましたが、その跡地の多くは現在も確認できます。笠岡駅の旧井笠鉄道ホーム跡は駅関連施設や駐車場に転用されています。笠岡市内の路線跡の多くはアスファルト舗装され、道路として利用されており、自動車や徒歩でたどることが可能です。例えば、笠岡駅から北へ向かう区間や、小田川沿いの区間などでその痕跡を見ることができます。鬮場駅の駅舎は1980年に焼失し、跡地は福祉施設となっています。大井村駅のように何も残されていない場所がある一方、旧小平井駅の建物の一部が残されている箇所もあります。井原市内の木之子町付近では、現在の井原鉄道のルートと重なる区間も見られます。

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