京都旭丘中学事件

京都旭丘中学事件は、1953年 4月29日から翌1954年 6月1日にかけて、京都市立旭丘中学校を舞台に繰り広げられた教育方針を巡る対立事件です。この事件は、学校における教育の自由や政治的中立性を巡る戦後日本の教育史において、特筆すべき事例の一つとされています。

事件の背景

当時の旭丘中学校では、教職員の間で日本教職員組合（日教組）の組織率が極めて高く、全国平均をはるかに凌駕する約2割に達していました。この状況を背景に、学校では「平和教育」と呼ばれる教育が熱心に行われていましたが、その内容は一部からは「偏向教育」、特に左派的な政治思想に偏っているとして批判を受け、「アカ」と評されることもありました。実際に、校内で革命歌や赤旗の使用を推奨したり、生徒を左派系団体が主催するイベントに引率したりするなどの行動が見られました。また、旭丘中学校の校区には西陣織関連産業に従事する労働者階級の家庭が多く、比較的リベラルな教育方針を受け入れやすい土壌があったことも、背景として指摘されています。

対立の発端

1953年、京都市教育委員会は、翌年の京都市長選挙を控え、旭丘中の教育活動の中心と目されていた教員の転任を勧告します。しかし、学校の教職員はこの勧告に強く反対し、校長もこれに応じました。この結果に勢いを得た組合系教職員は、「自主管理学校」の運営を目指し、教員による選挙で組合系のベテラン教員を教頭に選出するなど、独自の動きを加速させました。

保護者の懸念とメディアの注目

同年11月、京都市長の後援会会合で、子どもを旭丘中学に入学させたくないという保護者の声が上がります。これを受けた市長の働きかけもあり、12月には旭丘中の保護者有志が学校側に対し、生徒の行儀や教育内容、政治的な偏りについて懸念を伝える申し入れを行いました。この頃から、事件はメディアでも取り上げられるようになります。当初、ある新聞は校長らの取材に基づき「政治的色彩はない」と報じましたが、別の新聞は「偏向教育」を非難する記事を掲載するなど、報道の姿勢は分かれました。保護者有志による抗議のビラが配布されるなど、事態は表面化していきました。

市教委の強硬策と教員の異動

1954年2月の市長選で革新系の市長が再選されると、市教育委員会は京教組の動きを牽制するため、教材に政党機関紙を用いることは教育基本法に反するなど、厳しい内容の勧告を出します。3月には衆議院文教委員会も調査に入り、国政レベルでの関心事となりました。そして、市教委は組合活動の中心であった3名の教員の異動を内示します。学校長は自らの辞任と引き換えにこの異動を受け入れましたが、異動を支持しない保護者や生徒が市役所を訪問して撤回を求め、特に生徒たちは大勢で押しかけるなど、混乱が深まりました。

混乱の拡大と学校の機能不全

4月1日に異動が発令された後も、対象の3教員は転任を拒否し、旭丘中への出勤を続けました。着任した新校長は、教職員から3教員を「守る」ことを誓約させられる状況に陥ります。5月には市教委が最終的にこの3教員を懲戒免職処分と決定しました。

一方、新校長は態度を一変させ、3教員への転任勧告や警察権導入の可能性を示唆したことから、今度は糾弾の対象となります。保護者や教員、生徒との激しい団交が行われ、その中で新校長が若手教員を引き抜こうとして金品を渡していたとされる問題も暴露されました。団交後、生徒大会で校長の辞職が決議され、校長は生徒らに囲まれて強要される形で辞表を書かされました。学校管理は組合側の教員に委ねられるという異例の事態となりました。

しかし市教委はこの辞表受理を拒否し、学校を休校として教員に自宅研修を命じました。これに対し教職員は命令を無視して自主管理授業を強行し、多数の生徒が登校しました。学校は組合側を支持する赤旗が林立する状況となりました。市教委は対抗措置として代替の補習授業を別の会場で実施するためバスをチャーターしましたが、会場へ向かうバス乗り場では双方の関係者が入り乱れ、生徒の奪い合いや怒号が飛び交うなど、連日約2000人が集まる大混乱が発生しました。

事件の終息とその後

事態の長期化を受け、京都府教育委員会が斡旋に乗り出します。また、この頃、左右に分裂していた社会党や日教組本部は、運動から生徒を切り離し、合法的な手段で解決を図るべきだとの見解を示し、旭丘中の自主管理組から距離を置くようになります。さらに文部省からも事態の解消を求める通達が出され、国政での教育二法の成立も後押しとなりました。

こうした状況の中で、6月1日に合意が成立します。懲戒免職処分を受けた3教員を除く全ての教員を処分なく異動させ、新たな校長と教員のもとで開校式を行うことで、事件は一応の終結を見ました。

懲戒免職となった3教員は処分の取消しを求めて法廷闘争を展開しましたが、最高裁まで争われた結果、1974年12月10日、最終的に懲戒免職処分が有効であるとの判決が確定しました。この事件は、教育現場における政治と教育のあり方、労働組合の活動範囲など、戦後教育における様々な問題を浮き彫りにする出来事として記憶されています。

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