人間嫌い (ブリューゲル)

ピーテル・ブリューゲルの寓意画『人間嫌い』：世の欺瞞と人間の矛盾

ピーテル・ブリューゲルが1568年に制作した『人間嫌い』（伊: Misantropo、英: The Misanthrope）は、カポディモンテ美術館に所蔵されている油彩画です。円形の画面に、フードをかぶり、白い髭を生やした老人が描かれています。老人は黒ずくめの服を着て、腕を組み、物憂げに歩みを進めています。画面下部にはフラマン語の銘文があり、「この世が不実だから私は喪に服す」と記されています。この銘文は後世に付け加えられた可能性も指摘されていますが、作品全体の解釈に重要な手がかりを与えています。

老人の行く手には、敵の馬の進撃を妨げるための鉄の棘が散らばっており、彼の歩みを阻んでいます。背後には、ガラスの球体に身を隠した裸足の若者が、老人の財布から紐を切り取ろうとナイフを突き立てています。老人は周囲の状況に全く気づいておらず、世事に絶望し、孤独に歩む老人の姿が描かれています。

老人の意味解釈：厭世観と世の欺瞞

この老人は単なる「人間嫌い」ではなく、世の欺瞞や偽善に失望し、隠遁生活を送ることを選んだ人物と解釈できます。彼の姿には、偽善、厭世観、世の欺瞞を軽視する愚者など、様々な意味が読み取れます。いずれにしても、老人の行動には道徳的な教訓が込められていると考えられます。

若者の意味解釈：虚栄心と欺瞞の象徴

ガラスの球体に隠れている若者は、老人の財布を盗もうとしています。このガラスの球体には十字架が描かれており、キリスト教世界、すなわち「この世」を象徴していると考えられます。若者の行為は、この世の欺瞞や虚栄心の象徴と解釈できます。ブリューゲルの他の作品『ネーデルラントの諺』にも、同様のガラスの球体の中に人物が描かれた図像があり、この解釈を裏付けています。

対照的な背景：平和な風景と火災

作品の前景は老人の悲劇的な状況を描写していますが、背景には、平和なフランドルの農村風景が広がっています。羊飼い、風車、静かな農場などが描かれ、前景の悲劇的な状況との対比が強調されています。しかし、遠景には火災も描かれており、この世の矛盾やパラドックスが表現されています。羊飼いは簡素な生活を送っていますが、責任感を持って羊を世話しており、老人に比べて高潔な存在として対比されています。

ブリューゲルのペシミズム

『人間嫌い』は、ブリューゲルのペシミズムが色濃く反映された作品と言えるでしょう。老人は世間を捨てたいと願っているものの、現実には様々な困難に直面しています。世間の欺瞞、そして老人の孤独と絶望が、絵画全体から感じ取れます。この作品は、当時の社会に対するブリューゲルの鋭い批判と、人間の心の闇を表現した傑作と言えるでしょう。

参考文献

阿部謹也・森洋子『カンヴァス世界の大画家11　ブリューゲル』、中央公論社、1984年
森洋子『ブリューゲルの世界』、新潮社、2017年
岡部紘三『図説ブリューゲル　風景と民衆の画家』、河出書房新社、2012年
小池寿子・廣川暁生監修『ブリューゲルへの招待』、朝日新聞出版、2017年
* Orenstein, Nadine M., ed (2001). Pieter Bruegel the Elder: Drawings and Prints. The Metropolitan Museum of Art.

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