低分子量GTPアーゼ

細胞内で重要なシグナル伝達の役割を担う一群のタンパク質に、「低分子量GTPアーゼ」があります。これらは分子量が比較的小さく（およそ20〜25キロダルトン）、特定の化学物質であるグアノシン三リン酸（GTP）とグアノシン二リン酸（GDP）を結合する能力を持っています。この結合状態を変化させることで、まるでスイッチのように細胞内の情報をオン・オフに切り替える働きをしています。

低分子量GTPアーゼは、GTPを結合している状態が「オン」に対応し、細胞内へのシグナル伝達が進行します。一方、GTPを加水分解してGDPに変え、GDPを結合した状態が「オフ」となり、シグナル伝達が停止します。このGTP結合状態とGDP結合状態の間での切り替えは、主に二種類の調節タンパク質によって制御されています。一つはGDPをGTPに交換する働きを持つ「GDP/GTP交換タンパク質（GEF）」で、これはスイッチをオンにする役割を果たします。もう一つはGTPの加水分解を促進する「GTPアーゼ活性化タンパク質（GAP）」で、これはスイッチをオフにする働きをします。

これらの分子スイッチは、細胞内で非常に多岐にわたる生命現象に関わっています。具体的には、細胞が増えていく過程（増殖）、特定の機能を持つ細胞へと変化する過程（分化）、細胞が移動する運動性、細胞内で物質を運ぶ小さな袋である脂質小胞の輸送などが、低分子量GTPアーゼによって精密に調節されています。

広義には「低分子Gタンパク質」と呼ばれることもありますが、細胞膜を介した情報伝達に関わる「三量体型Gタンパク質」とは、構造や機能において共通点もあるものの、根本的に異なる点が多いため区別されます。

Rasスーパーファミリー

低分子量GTPアーゼは、分子構造が非常によく似ていることから、「Rasスーパーファミリー」とも呼ばれています。このファミリーには、現在100種類以上のメンバーが見つかっており、それぞれが細胞内で特定の役割を担っています。Rasスーパーファミリーは、その機能や構造の類似性から、さらに五つの主要なサブファミリーに分類されています。

1. Rasファミリー: 主に細胞の増殖調節に関与します。細胞膜上に存在するチロシンキナーゼ型受容体からのシグナルを受け取る経路において重要な役割を果たします。このファミリーの代表的なメンバーとしては、遺伝子名としても知られるRasやRapがあり、近年はRhebについての研究も活発に行われています。

2. Rhoファミリー: 細胞の形を支えたり、運動を可能にしたりする「細胞骨格」の制御に深く関わっています。RhoA、Rac1、Cdc42といったメンバーがこのファミリーに含まれ、活発に研究が進められています。

3. Rabファミリー: 細胞内での小胞輸送、特に物質が細胞内のある場所から別の場所へと運ばれる経路の調節を担います。

4. Arfファミリー: こちらもRabファミリーと同様に、細胞内の小胞輸送に関与しています。Arfファミリーのメンバーは、小胞膜上でコートタンパク質のリクルートなどを調節します。

（注：上記のRas, Rho, Rab, Arfファミリーのメンバーの多くは、プレニル化と呼ばれる脂質修飾を受けることで、細胞内の特定の膜構造に局在し、その機能を発揮します。）

5. Ranファミリー: 主に細胞の核と細胞質の間の物質の行き来、すなわち核輸送の調節に関与しています。RNAやタンパク質が核膜孔を通って輸送される過程で重要な働きをします。

このように、低分子量GTPアーゼ、すなわちRasスーパーファミリーは、細胞内の様々な情報伝達経路の要として機能し、生命活動の根幹を支える上で不可欠な存在です。その多様な機能と厳密な制御機構は、現在も盛んに研究が行われています。

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