佐伯胖

佐伯 胖（さえき ゆたか、1939年6月27日生）は、日本の教育学および認知心理学の第一人者です。長年にわたり、人間の「学び」や思考の仕組みについて多角的な視点から深く掘り下げ、教育実践への示唆に富む理論を展開してきました。

学びの道のりとキャリア

岐阜県に生まれ、大阪府立北野高等学校を卒業後、慶應義塾大学工学部管理工学科で学びを修め、同大学大学院工学研究科修士課程で研究を深めました。さらに渡米し、ワシントン大学大学院心理学専攻で修士課程および博士課程を修了し、1970年にPh.D.を取得しています。

帰国後、東京理科大学理工学部助教授を経て、東京大学大学院教育学研究科で教壇に立ち、教育学部長も務めました。2000年に東京大学を定年退官し、名誉教授の称を受けます。その後、青山学院大学文学部教育学科の教授として幼児教育を担当し、続いて同学社会情報学部教授およびヒューマン・イノベーション研究センター所長を歴任しました。2013年に青山学院大学を退職し、ここでも名誉教授となります。2015年からは田園調布学園大学大学院人間学研究科にて子ども人間学専攻の教授を務め、2021年に退職しています。また、2012年からは公益社団法人信濃教育会教育研究所の所長として、現在に至るまで教育研究の発展に尽力しています。

研究領域と貢献

佐伯氏の研究の中心は、認知心理学の知見を基礎とした「学び」における思考過程の分析です。単に知識を吸収するだけでなく、人間がいかにして物事を理解し、思考を巡らせるのか、その内的なプロセスに深く迫りました。

さらに、人類学的な視点を取り入れた独自の理論を展開したことが特筆されます。特に、状況的学習理論、具体的には「正統的周辺参加」という概念を重視し、学びが特定の社会的・文化的な状況の中で発生すること、そして初心者が集団の活動に周辺的に参加しながら熟達していくプロセスを明らかにしました。この理論は、教室での学習だけでなく、職場での技能習得や地域社会での学びなど、幅広い実践的学習の理解に大きな影響を与えています。

情報化社会の進展にも早くから注目し、コンピュータが子どもたちの教育や「学び」に与える影響についても、その重要性を指摘し、多岐にわたる問題提起を行ってきました。技術革新が教育にもたらす可能性と課題の両面を、「学び」の観点から深く考察しています。

東京大学退官後、青山学院大学で幼児教育に携わるようになってからは、この分野の研究と実践指導にも力を注いでいます。幼児期の学びや発達を、これまでの認知心理学や状況的学習論の視点から捉え直し、質の高い保育者育成にも貢献しています。

主要な著作と影響

佐伯氏は非常に多くの著書、共編著、翻訳書を世に送り出しており、その著作を通じて教育学、心理学、認知科学の各分野に大きな影響を与えています。

代表的な単著としては、『「学び」の構造』、『「わかる」ということの意味』、『コンピュータと教育』（新版を含む）、『「学び」を問いつづけて』などがあり、これらは長年にわたり多くの研究者や教育関係者に読まれています。また、国内外の重要な研究書を翻訳・監訳しており、特にジーン・レイヴとエティエンヌ・ウェンガーによる『状況に埋め込まれた学習 正統的周辺参加』の翻訳は、状況的学習論を日本に広く紹介する上で極めて重要でした。

多くの研究者や教育者との共編著も多数あり、例えば佐藤学氏らとの共著・共編著を通じて、学校教育の改革や授業研究にも深く関与しています。

人物

私的な側面としては、社会学者の宮台真司氏は佐伯氏の義理の息子にあたります。

佐伯胖氏は、認知心理学、教育学、人類学、情報科学といった複数の分野を横断する独自の視点から、「学び」という人間の根源的な営みを深く探求し続けており、その研究成果と教育活動は、日本の教育のあり方や学びの理解に今日なお大きな示唆を与えています。

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