体細胞由来ES細胞

体細胞由来胚性幹細胞（ntES細胞）

体細胞由来胚性幹細胞（たいさいぼうゆらいはいせいかんさいぼう、英語: nuclear transfer Embryonic Stem cells）、略称ntES細胞または核移植ES細胞とは、再生医療や基礎生命科学研究に不可欠な幹細胞の一種です。この細胞は、従来の胚性幹細胞（ES細胞）が抱えていた倫理的な課題、特にヒトの生命の萌芽ともいえる受精卵の利用という問題を回避するために開発された技術から生まれます。その名の通り、ヒトの体細胞から取り出した核を、あらかじめ核を除去した卵子に移植する「核移植」という技術を用いて作製される点が最大の特徴です。

開発の背景

従来のES細胞は、多能性（体のあらゆる種類の細胞に分化できる能力）を持つ幹細胞として、再生医療の実現に向けた研究において非常に有望視されてきました。しかし、ES細胞を樹立するためには、体外受精によって得られた余剰胚など、初期の受精卵を利用する必要があります。この受精卵の利用は、倫理的、宗教的、哲学的な観点から社会的な議論を呼び、研究の推進に対する障壁の一つとなっていました。この問題を解決し、ES細胞に匹敵する多能性幹細胞を倫理的な懸念を軽減した方法で得るために、体細胞由来胚性幹細胞の研究開発が進められました。

作成方法

ntES細胞の作製プロセスは、原理的には動物の体細胞クローンの作製技術と同じであり、以下の主要なステップで進められます。

1. 体細胞の準備: 細胞核のドナーとなる人物（研究対象者や患者など）から、体細胞（例えば、皮膚細胞や線維芽細胞）を採取し、培養して準備します。
2. 卵子の準備: 提供されたヒトの卵子から、マイクロピペットなどの微細な器具を用いて、卵子の核（遺伝情報を持つ部分）を慎重に取り除きます。これにより、核を持たない「除核卵子」が準備されます。
3. 核移植: 準備した体細胞から核を取り出し、除核卵子の中に移植します。この核移植は、非常に繊細な手技を要します。
4. 再構築卵子の活性化: 体細胞核が移植された卵子（再構築卵子と呼ばれます）に、電気刺激や化学物質処理などを用いて刺激を与え、あたかも受精したかのように発生を開始させます。
5. 初期胚への培養: 活性化された再構築卵子を、培養液中で数日間培養します。細胞分裂を繰り返し、最終的に胚盤胞と呼ばれる初期胚の段階まで発生させます。
6. ntES細胞株の樹立: 胚盤胞は、将来胎児になる内部細胞塊（ICM）と、胎盤になる栄養外胚葉から構成されています。この胚盤胞から内部細胞塊を分離し、特殊な培養条件下でさらに培養を続けることで、多能性を持つ体細胞由来胚性幹細胞株が樹立されます。

利点

ntES細胞の最大の利点は、受精卵を直接利用しないため、従来のES細胞における受精卵利用に関する倫理的な懸念を一部回避できる点です。また、患者自身の体細胞を用いてntES細胞を樹立できれば、理論的には患者自身の遺伝子情報を持った多能性幹細胞が得られます。これにより、再生医療において細胞移植を行った際に、患者の免疫系による拒絶反応が起こりにくい、いわゆる「患者特異的な細胞」を提供できる可能性があり、移植後の免疫抑制剤の使用を減らせるなど、臨床応用における大きなメリットが期待されます。

課題

一方で、ntES細胞にはいくつかの重要な課題も存在します。まず、ヒトの卵子を使用する必要があるため、卵子提供者への倫理的な配慮や、採卵に伴う身体的・精神的な負担に関する問題は依然として残ります。また、核移植や細胞の活性化、その後の培養を含むntES細胞の樹立プロセスは、技術的な効率がまだ十分とは言えません。さらに、樹立された細胞株の安全性に関する懸念も指摘されています。核移植や培養の過程で、細胞のゲノムやエピゲノムに異常が生じる可能性があり、これが将来的な腫瘍形成（特に多能性幹細胞に特徴的な奇形腫、テラトーマ）のリスクにつながることも懸念されています。加えて、研究に必要なヒトの卵子の安定的な入手が困難であることも、研究推進上の大きな課題となっています。

研究の現状と展望

ntES細胞の研究は、基礎生物学における細胞の分化や発生のメカニズム解明に貢献するとともに、神経細胞、心筋細胞、膵臓細胞など、様々な種類の細胞への分化誘導研究が進められており、再生医療への応用が期待されています。また、特定の疾患を持つ患者由来の体細胞からntES細胞を樹立することで、その疾患の病態を再現する細胞モデルを作製し、疾患メカニズムの解析や新しい治療薬の探索・評価に利用する研究も行われています。

2000年代後半に開発された人工多能性幹細胞（iPS細胞）は、体細胞に数種類の遺伝子を導入するだけで作製できるため、卵子や胚を必要とせず、倫理的なハードルが低いことから、再生医療研究の主流の一つとなっています。しかし、iPS細胞もまだ克服すべき課題（樹立効率、品質のばらつき、安全性など）が多く、ntES細胞研究で培われた核移植や培養技術、多能性幹細胞の性質に関する知見は、iPS細胞を含む幹細胞研究全体の進歩に大きく貢献しています。ntES細胞の研究は、iPS細胞研究を補完し、多能性幹細胞の理解を深める上で、今後も重要な役割を担っていくと考えられます。

まとめ

体細胞由来胚性幹細胞（ntES細胞）は、受精卵を利用しない多能性幹細胞として開発されましたが、卵子利用に伴う倫理的な課題や技術的なハードルが存在します。患者特異的な細胞を提供できる可能性は魅力的ですが、iPS細胞の登場により、その応用研究の位置づけは変化しつつあります。しかし、発生や分化のメカニズム解明、基礎研究ツールとしての価値は依然として高く、幹細胞研究全体の進歩に不可欠な存在と言えます。

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