保建大記

『保建大記』は、江戸時代中期の儒学者、栗山潜鋒によって1689年に著された全2巻からなる史書です。1123年から1192年までの時代を扱い、皇室の衰退と武家の隆盛は、皇室自身の不徳に起因すると主張しています。注目すべきは、尊王論を唱えながらも、過去の天皇や上皇を名指しで激しく批判している点です。

一見すると矛盾しているように見えるこの態度は、著者の栗山潜鋒が、当時の社会情勢を深く考慮した結果であると考えられています。徳川幕府が日本を支配することが当然とされていた時代において、天皇こそが国家を統治すべきであるという思想を直接的に主張することは、幕府に対する批判とみなされ、厳罰を受ける可能性がありました。

そこで栗山潜鋒は、『保建大記』において、皇室の不徳が武家による支配を招いたという論理を展開することで、間接的に天皇の正当性を訴えようとしたのです。つまり、過去の皇室の過ちを強調することで、「本来ならば天皇が国を治めるべきである」という思想を読者に暗に伝えようとしたと考えられます。

この栗山潜鋒の巧妙な戦略は、幕府の目を欺きながら、尊王思想を広める上で大きな効果を発揮しました。そして、『保建大記』を通じて醸成された思想は、幕末の尊王倒幕運動へと繋がっていきます。皇室が徳を取り戻せば、武家から政権を奪還すべきであるという考え方は、まさに『保建大記』が বীজ込んだ思想の延長線上にあったと言えるでしょう。

このように、『保建大記』は、単なる歴史書としてだけでなく、江戸時代の思想状況を反映した政治的なメッセージを内包した書物として、重要な意味を持っています。表面的には過去の皇室批判の書でありながら、その裏には天皇を頂点とする国家のあり方を希求する強い意志が隠されており、幕末の激動を準備する思想的基盤の一つとなったのです。

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