倉敷海底トンネル事故

概要

2012年 2月7日、岡山県倉敷市の水島コンビナート内にあるJX日鉱日石エネルギー（現・ENEOS）の石油精製工場で、海底パイプラインを建設中のシールドトンネル工事中に事故が発生しました。この事故は、鹿島建設が請け負っていた工事中に、トンネル内への海水流入により水没し、作業員5名が死亡するという痛ましい結果となりました。

この事故は、高度な技術が求められるシールドトンネル工法における安全対策の不備を露呈させ、業界全体に大きな衝撃を与えました。国土交通省は事故の再発防止のため、有識者による「シールドトンネル施工技術安全向上協議会」を設置し、安全対策の徹底を促す中間報告を取りまとめました。その後も原因究明のための調査は続けられ、シールドマシンの引き揚げなどが行われました。

事故の経緯

工事概要

この工事は、水島港の東西に位置する2つの石油精製工場間を海底トンネルで結び、石油製品を相互に融通するためのパイプラインを建設するものでした。発注者はJX日鉱日石エネルギー、施工は鹿島建設が担当しました。工事は2010年8月から2013年6月までの予定で、受注額は約17億5000万円でした。トンネルは泥土圧式シールド工法で建設され、外径は4.95メートル、土被りは4.95〜24.5メートルでした。使用されたシールドマシンは鹿島の子会社が製作し、セグメントは広島市の会社が製造しました。

鹿島は過去にもこの現場近くで同様の工事を行っており、その経験を踏まえて今回の工事に臨んでいました。トンネルは、B工場側の立坑からA工場側に向けて掘進され、複数の会社が昼夜交代で作業を行っていました。

事故当日の状況

事故当日、立坑内では6名の作業員が作業を行っていました。午前11時45分頃には掘進作業が順調に終了し、112番目のセグメントリングを組み立てる段階でした。しかし、直後に電気系統の異変が発生し、非常電話が通じなくなりました。作業員の一人が現場責任者を呼びに戻り、現場に戻ったところ、警報が鳴り始め、立坑から水が噴き出しました。作業員は「水が来る、逃げろ」と叫びましたが、間に合わず、5名が水没してしまいました。

事故発生

事故発生時、1名の作業員は辛うじて脱出に成功しましたが、他の5名は行方不明となりました。消防隊が駆けつけた時には、立坑からは大量の海水が噴出しており、現場は混乱しました。トンネル内に流入した海水は少なくとも約6000トンと推定されています。

行方不明者の捜索と救助

警察や消防によって行方不明者の捜索が行われましたが、濁った海水や散乱した資機材により難航しました。鹿島建設は濁水処理プラントを導入し、海水の浄化作業を開始しました。その後、ダイバーによる捜索活動が行われ、10日から3月3日にかけて、行方不明となっていた作業員5名全員の遺体が発見されました。満潮時には海水や土砂の流入により視界が悪化するため、鹿島は工業用水を注入して海水の流入を防ぎ、視界を確保する措置を取りました。

事故後の対応

国土交通省の対応

国土交通省は、この事故を受けて全国の港湾管理者に対し、安全対策の徹底を促す文書を通知しました。また、有識者による「シールドトンネル施工技術安全向上協議会」を設置し、事故原因の究明と再発防止策の検討を行いました。協議会は、中間報告として、設計・調査・施工の各段階で注意すべき26の項目をまとめ、関係機関に周知しました。また、事故原因の調査を継続し、詳細な報告書を提出しました。

厚生労働省の対応

厚生労働省は、建設業労働災害防止協会などに、シールドトンネル工事における安全対策に関する留意事項を要請しました。特に水底下のシールド現場を対象とし、現場管理に関する留意事項を盛り込みました。

鹿島建設の対応

鹿島建設は、事故後、自社が設計・施工中のすべてのシールドトンネルを調査し、安全対策の見直しを行いました。停電時のバックアップ体制の確立や避難誘導器具の充実、安全環境部門の強化など、安全対策を徹底しました。また、他の現場での工事において、安全対策を強化しました。

事故の影響

この事故により、水島コンビナートでのパイプライン敷設事業は大幅に遅延し、陸上ルートの検討が必要となりました。鹿島建設は、事故関連費用として約30億円を特別計上し、業績も大幅に悪化しました。

事故原因の究明

調査結果

事故原因の究明のため、警察や国土交通省、厚生労働省などが捜査・調査を行いました。海底調査では、シールドマシンの真上にくぼみが発見されました。鹿島の調査により、トンネル内で110、111リングが崩壊し、大量の土砂と海水が流入したことが判明しました。シールドトンネル施工技術安全向上協議会は、中間報告で、キーセグメントの不安定さが事故の誘因になったと結論づけました。また、セグメントの継ぎ手や厚さに基準を逸脱した事項はなかったものの、コスト削減や工期短縮を優先した設計・施工が、結果的に事故を招いたと指摘しました。

報告書

シールドトンネル施工技術安全向上協議会は、最終報告書で、111リングのキーセグメントがトンネル内側に抜け出したことがトンネル崩壊のきっかけと推定しました。キーセグメントの抜出しによって生じた隙間から地下水が流入し、周辺地盤が緩んでセグメントに作用する荷重が増加したことで、リングの安定性が失われたと考えられます。報告書では、事故につながる要因として、テールシールの止水性の不安やセグメントの構造上の問題点など、8つの項目を挙げています。

捜査と裁判

労働基準監督署の捜査

倉敷労働基準監督署は、労働安全衛生法違反の疑いで鹿島建設と関係者を書類送検しました。計画の不備や避難訓練の未実施などが指摘されました。鹿島建設は、罰金50万円の略式命令を受けました。

警察の捜査

岡山県警察は、業務上過失致死傷の疑いで鹿島建設の関係者を書類送検しました。設計上のずれや退避指示の不備などが指摘されましたが、最終的に不起訴処分となりました。

まとめ

倉敷海底トンネル事故は、シールドトンネル工法の安全対策に重大な課題を突きつけた事故でした。この事故を教訓に、建設業界では安全対策の徹底が図られ、二度とこのような悲劇が繰り返されないよう、安全管理体制の強化と技術力の向上が求められています。

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