偽エチオピア皇帝事件

偽エチオピア皇帝事件：イギリス海軍を出し抜いた世紀の大悪戯

1910年、イギリス海軍は前代未聞の悪ふざけの標的となりました。アイルランド出身の裕福な青年ホレス・コールが、仲間と共にエチオピア王族を装い、当時イギリス海軍の象徴であった戦艦「ドレッドノート」の見学を強行。そして、この悪戯を大々的に暴露することで、海軍の威信を地に落とすという、大胆不敵な計画を実行したのです。

事件の首謀者とブルームズベリー・グループ

この悪戯の立役者、ホレス・コールは第二次ボーア戦争に従軍した経験を持つ人物でした。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに在籍中は、持ち前のユーモアと知略で、数々のいたずらで周囲を沸かせたことで知られています。

コールの計画に加担したのは、後の小説家として名を馳せるヴァージニア・ウルフを含む、6人の大学生たち。彼らは皆、当時イギリスの文壇や芸術界を牽引する若き才能が集う「ブルームズベリー・グループ」に所属する精鋭でした。このグループのメンバーである、コールの親友エイドリアン・スティーヴンとその姉ヴァージニア、そしてダンカン・グラント、アンソニー・バクストン、ガイ・リドリーといった面々です。

ケンブリッジ大学での前哨戦：偽ザンジバル・スルタン事件

この大規模な悪戯を成し遂げる前に、コールとスティーヴンは既にケンブリッジ大学で同様のいたずらを行っていました。1905年、ザンジバルのスルタンの叔父になりすまし、ケンブリッジ市長を相手に巧妙な策略を展開。市中を練り歩き歓迎を受けた後、あっさりと姿を消しました。この前哨戦での成功が、「ドレッドノート」への挑戦の自信へと繋がったことは想像に難くありません。

ドレッドノート：イギリス海軍の象徴

20世紀初頭のイギリスにおいて、海軍は国家の象徴、国民の誇りでした。特に戦艦「ドレッドノート」は、その圧倒的な火力とスピードで、世界中の海軍に衝撃を与え、イギリスの海上覇権を象徴する存在として、国民に広く知れ渡っていました。

ドレッドノートへの潜入：綿密な計画と大胆な実行

コールたちは、エチオピアの王族に扮装し、完璧な計画の下で「ドレッドノート」への潜入を敢行しました。アムハラ語を解する将校の不在日を選定するなど、綿密な準備は周到を極め、彼らはエチオピア王族になりすまし、ウェイマス港で海軍の歓迎を受けました。

事件の発覚とその後

「ドレッドノート」での視察中、コールたちはギリシャ語やラテン語を混ぜたたわごとを話したり、礼拝用の敷物を要求するなど、徹底的に海軍をからかい、多くの艦艇乗組員を困惑させました。

悪戯の発覚後、コールは自らマスコミに連絡。艦内で撮影した写真まで送りつけ、海軍を嘲笑の的としました。海軍は激怒し、処罰を求めたものの、コールたちは法律に触れておらず、軽い処分ですみました。

この事件はイギリス中で話題となり、「ブンガ、ブンガ！」という謎の言葉は流行語となりました。事件はその後もイギリス海軍に影を落とし、第一次世界大戦においてドレッドノートがドイツ潜水艦を撃沈した際にも、この事件を想起させる祝電が送られたという逸話が残っています。

事件の記録と評価

この大胆不敵な悪戯は、エイドリアン・スティーヴンによる解説本や、ヴァージニア・ウルフの講演によって後世に伝えられ、現在でも語り継がれる、イギリス海軍史に残るユーモラスな事件となっています。彼らの悪ふざけは、イギリス社会の権威や規範に対する風刺として、現代においても重要な意味を持つと言えるでしょう。

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