入谷の不動明王坐像

入谷の不動明王坐像

富山県南砺市利賀村百瀬川に位置する、市の指定文化財である石仏です。正式名称は「入谷の不動明王坐像（いりたんのふどうみょうおうざぞう）」と称されます。この像は、1970年（昭和45年）8月31日に旧利賀村の天然記念物に指定され、その後、利賀村が南砺市に合併した後も引き続き市の指定文化財として位置づけられています。

像の概要と伝承

この不動明王像は、利賀村字百瀬川地区にある入谷集落の小さな祠に静かに安置されています。かつて下百瀬川村と呼ばれたこの地域には、島地、入谷、谷内、菅沼といった複数の集落が点在しています。

像は、砂岩を素材として彫り出された半肉彫りの石仏であり、座禅を組んだ不動明王の厳かな姿を表しています。

この不動明王像には、興味深い伝承が残されています。それは、入谷の古い家柄である甚九郎の屋敷から、そこの住人の夢枕に立つという不思議な出来事を通して発見された、という言い伝えです。このような伝承は、像が単なる礼拝対象としてだけでなく、地域の人々にとって特別な由来を持つ存在として大切にされてきたことを物語っています。

特徴的な姿

不動明王は、仏教、特に密教において、大日如来の教令輪身（きょうりょうりんじん）とされ、一切の悪や煩悩を打ち砕く強力な力を持つ尊格です。一般的な不動明王像は、全身に燃え盛る火焔を背負い、右手には迷いや邪悪を断ち切る宝剣、左手には煩悩に縛られた衆生を救い取るための羂索（けんさく）を持つ姿で表現されることが多いです。

しかし、この入谷の不動明王坐像の最も際立った特徴は、その左手にあります。一般的な羂索ではなく、蛇の形をした「竜索（りゅうさく）」を持っているのです。蛇形または竜形の索を持つ不動明王像は全国的にも類例が少なく、入谷の像の独自性を強く示しています。

歴史的・信仰的背景

入谷の不動明王像が安置されている百瀬川地区は、地理的に金剛堂山に非常に近い位置にあります。百瀬川を上流へと進むと、古くから修験道の霊山として信仰されてきた金剛堂山が雄大な姿を見せます。この地域一帯では、奈良時代頃から既に山岳信仰が盛んだったと考えられており、山を神聖なものとし、そこに宿る神仏を崇拝する信仰が深く根付いていました。

また、入谷集落の氏神を祀る百瀬川加茂社が、かつて「大日堂」と呼ばれていたという事実も、この地の信仰の歴史を紐解く上で重要な手がかりとなります。大日如来は密教の中心仏であり、修験道とも深い関係があります。不動明王が大日如来の化身とされることを考え合わせると、この地の山岳信仰、大日如来信仰、そして不動明王信仰が複雑に融合していた様子が推測できます。

竜索を持つという独特な図像も、こうした山岳信仰や、地域の水の神、蛇神信仰などと結びついて生まれたものかもしれません。金剛堂山が多くの川の源流であることから、水への畏敬の念も深かったと考えられます。

文化財としての価値

入谷の不動明王坐像は、その美術的・図像的な特徴だけでなく、金剛堂山を中心としたこの地域の山岳信仰の歴史や、地域固有の信仰形態を知る上で極めて価値の高い文化財であると評価されています。夢のお告げという伝承、蛇形竜索という独特な姿、そして金剛堂山やかつての大日堂といった周辺の信仰との関連性は、この像が単なる石仏ではなく、地域の人々の信仰心によって生まれ、守り伝えられてきた生きた歴史の証であることを物語っています。

市の指定文化財として保護されることは、この貴重な像が未来にわたって地域の歴史や文化を語り継いでいくために、非常に重要な意義を持っています。

参考文献

利賀村史編纂委員会 編『利賀村史3 近・現代』利賀村、2004年。

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