八月の光 (朽木祥)

八月の光

日本の小説家、朽木祥が手掛けた児童文学であり小説です。広島を舞台に、原爆や戦争、そしてその後の時代を生きた人々の静かな日常や心の揺れ動きを繊細に描いた短編集として知られます。当初は3編の短編で構成されていましたが、改題・増補を経て複数のバージョンが刊行されています。本項目では、その改題・増補版である文庫版『八月の光・あとかた』および新装版『八月の光 失われた声に耳をすませて』についても記述します。

来歴と評価

本作は、短編「雛の顔」「水の緘黙」「石の記憶」の3作品を収めた単行本として、2012年7月に偕成社から出版されました。刊行後、2013年度の厚生労働省 社会保障審議会推薦 児童福祉文化財の一つに選ばれています。

国際的な評価も得ており、2014年にはドイツのミュンヘン国際児童図書館が発行する国際的な推薦図書目録『ホワイト・レイブンズ』に、著者の別作品『光のうつしえ 廣島 ヒロシマ 広島』と共に選ばれました。

その後、収録作品が追加され、新たな形で刊行されています。書き下ろし短編「銀杏のお重」「三つ目の橋」の2編を加え、『八月の光・あとかた』と改題され、文庫版として2015年8月6日に小学館文庫より刊行されました。さらに、児童文学誌『日本児童文学』に掲載された短編「八重ねえちゃん」と、書き下ろし短編「カンナ――あなたへの手紙」を新たに収録し、新装版として『八月の光 失われた声に耳をすませて』と改題して、2017年6月26日に小学館から刊行されています。この新装版は、単行本、文庫版の全作品に加え、書き下ろし2編を含む合計7編の短編を収録しています。

執筆に込められた思い

著者である朽木祥は、2011年の福島第一原子力発電所事故を経験し、「ヒロシマの出来事を自分たちの世代が次世代に伝えてこなかった結果、このような原発事故の問題が生じたのではないか」という思いに至ったと述べています。この反省の念が、本作執筆の動機の一つとなったことを明かしています。作品は、単に悲惨さを描くのではなく、当時の人々の暮らしや心情に寄り添い、彼らの声に耳を澄ませるように紡がれています。エフエム東京のウェブサイトには、「そこに生きた人々の思いを丁寧に掬い上げるように描かれている」といった書評が掲載されるなど、その表現力も高く評価されています。

収録作品の概要（新装版に基づく）

新装版に収録されている7編の短編は、それぞれ異なる視点や時代背景を持ちながら、原爆や戦争の影響下、あるいはその後の時代を生きる人々の姿を描き出しています。

石の記憶: 父を亡くした少女・光子が、かつての家族との穏やかな思い出を辿る物語。父の死を受け入れられない光子の心象が描かれます。
雛の顔: 女学校に通う少女・昭子の日常の一コマ。父の身を案じる母の行動を通して、戦時下の暮らしと家族の絆が静かに描かれます。
水の緘黙: 原爆投下直後、炎から逃げ延びた「僕」が見た光景。川べりに並ぶ、焼けただれた人々の姿を通して、筆舌に尽くしがたい惨状が簡潔な筆致で描かれます。
銀杏のお重: 戦争が終わった後の時代。迫田家の娘・清子に縁談が持ち上がりますが、清子がまだ学生であるため、家族がそれを一度は断るという、日常の中の小さな出来事が描かれます。
八重ねえちゃん: 幼い「私」（綾子）の目から見た、姉のように慕う叔母・八重子との交流。戦争とは直接関わらない日常のエピソードが描かれます。
三つ目の橋: 原爆で家族を失った「私」が、過去の記憶と向き合う物語。広島の元安川に架かる橋を見下ろしながら、喪失の痛みが静かに語られます。
カンナ――あなたへの手紙: 現代に生きる「私」が、祖母から聞いた赤いカンナの花にまつわる話を回想する物語。世代を超えて語り継がれるべき記憶がテーマとなっています。

これらの短編に登場する主な人物として、石の記憶には父の土橋清司、母のテルノ、娘の光子、雛の顔には娘の昭子、母の真知子、父の忠、銀杏のお重には娘の清子、中西家の長男・和俊、水の緘黙には語り手「僕」や修道士のKなどが描かれています。

メディア展開

本作の収録作品は、様々なメディアで朗読やラジオドラマとして取り上げられています。

2013年8月3日：NHKラジオ第1「ラジオ文芸館」で「石の記憶」が朗読（朗読：中村淳平）。
2016年7月から8月：NHKワールド・ラジオ日本で「石の記憶」が17言語に翻訳され国際放送。
2016年8月29日：TOKYO FM 夏休み特別企画として朗読劇「八月の光」をJFN系36局で放送（「石の記憶」「水の緘黙」）。
* 2025年5月3日 - 31日：NHKラジオ第1で「冨永みーなが読む、朽木祥『雛の顔』」が全5回で放送予定。

『八月の光』は、過去の出来事を風化させず、そこに生きた一人ひとりの声なき声に耳を傾けることの大切さを静かに問いかける作品であり、児童文学としてだけでなく、広く一般に読まれるべき価値を持つ作品と言えるでしょう。

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