前斜角筋

前斜角筋（ぜんしゃかくきん）

概要

前斜角筋は、ヒトの首、特に頚部側面に位置する筋肉群である斜角筋群を構成する主要な筋肉の一つです。深層に位置し、呼吸運動の補助や頚椎の安定化、運動に関与します。

解剖学的詳細

この筋肉は、頚椎の横突起から始まり、下方に伸びて肋骨に付着する構造をとります。具体的には、第三頚椎から第六頚椎にかけて存在する各横突起の前面にある結節から起始し、その筋線維は下方および外側に向かって走行します。そして、第一肋骨の鎖骨下静脈溝の前方にある結節（前斜角筋結節）に停止します。一部の線維は、さらに下方にある第二肋骨にも付着することがあります。

他の構造との関連性

前斜角筋は、その後方かつ外側に位置する中斜角筋との間に重要な解剖学的空間を形成します。この空間は「斜角筋隙（scalene gap）」あるいは「椎前筋膜間隙（prevertebral interspace）」と呼ばれ、人体の主要な神経や血管が通過する通路となっています。特に、上肢への神経支配を担う腕神経叢や、上肢への血液供給を行う鎖骨下動脈がこの隙間を通過します。

斜角筋隙の後方には中斜角筋が、前方には前斜角筋があり、下方には第一肋骨が存在することで、この空間は三角形のような形態を呈します。この隙間の重要性は、通過する構造物が圧迫されることで様々な症状（例えば、手や腕のしびれ、痛み、冷感など）を引き起こす可能性がある点にあります。

機能（作用）

前斜角筋の主な働きの一つは、停止部である第一、第二肋骨を上方に引き上げることです。この作用は、特に努力呼吸時など、通常の呼吸よりも多くの空気を取り込む必要がある際に、胸郭を広げる補助的な呼吸筋として機能することで顕著になります。

また、斜角筋群は頚椎の運動にも関与します。片側の前斜角筋が収縮すると、頚椎を同側に側屈させる働きがあります。両側の前斜角筋が同時に収縮すると、頚椎を前方に屈曲させる作用や、頚椎を安定させる働きを担います。

神経支配と血管

前斜角筋は、主に頚神経叢からの枝によって神経支配を受けています。具体的には、第三頚神経から第六頚神経からの枝がこの筋肉を支配します。血管供給は、鎖骨下動脈の枝などから受けています。

臨床的意義

前斜角筋の過度な緊張や肥大、あるいはこの筋と中斜角筋との間の間隙の狭小化は、斜角筋隙を通過する腕神経叢や鎖骨下動脈を圧迫する原因となり得ます。これにより、「斜角筋症候群」と呼ばれる神経血管圧迫症候群を引き起こす可能性があります。この症候群は、上肢の痛み、しびれ、筋力低下、冷感、皮膚色の変化などの症状を呈することがあります。したがって、この筋肉の解剖学的な位置や周囲の構造との関係性を理解することは、これらの症状の原因診断や治療において重要となります。

関連事項

前斜角筋は、中斜角筋、後斜角筋とともに斜角筋群を形成します。

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