前篩骨動脈

前篩骨動脈

前篩骨動脈（ぜんしこつどうみゃく、anterior ethmoidal artery）は、人間の頭部や頸部領域に存在する重要な血管の一つです。特に、顔面中央部や頭蓋底の一部の構造に血液を供給する役割を担っています。これは、眼球やその周囲組織に栄養を送る眼動脈（ophthalmic artery）と呼ばれる比較的大きな血管から分かれて生じます。

前篩骨動脈は、その走行において鼻毛様体神経（nasociliary nerve）という神経と非常に近接しており、しばしばこの神経と伴走するように進みます。両者は共に、篩骨（しこつ）と呼ばれる頭蓋骨の一部にある「前篩骨孔（anterior ethmoidal foramen）」という小さな開口部を通り抜けます。この孔を通過することで、前篩骨動脈は眼窩（がんか、眼球が収まっているくぼみ）から頭蓋腔、さらには鼻腔へとその経路を広げます。

前篩骨孔を通過した後、前篩骨動脈は、篩骨の内部にある空洞である篩骨蜂巣（しこつほうそう、ethmoidal cells）の前部（前篩骨蜂巣）と中部（中篩骨蜂巣）、おでこの下にある前頭洞（ぜんとうどう、frontal sinus）、そして鼻腔の外側壁の前上方部分など、周囲の複数の解剖学的構造に血液を供給します。これらの部位は、呼吸器系の重要な部分であり、正常な機能には安定した血液供給が不可欠です。

頭蓋骨の中に入った後、前篩骨動脈はさらにいくつかの重要な枝に分かれます。主な枝として、以下の二つが挙げられます。

1. 前硬膜枝（ぜんこうまくし、anterior meningeal branch）:
この枝は、脳を覆う三層の膜のうち最も外側にある硬膜（こうまく、dura mater）へと向かいます。特に、頭蓋骨の前方部分の内面にある硬膜に血液を供給することで、この保護膜の生存と機能維持を助けています。

2. 前鼻枝（ぜんびし、anterior nasal branch）:
この枝は、鼻腔へと入り込む主要な経路です。具体的には、鼻骨の内側にある鶏冠（けいかん、crista galli）という突起の側面に開いている小さな穴を通って鼻腔内へ入ります。鼻腔内では、鼻骨の内面にある溝に沿って走行し、さらに二つの細い枝に分かれます。一つは「外側前鼻枝（がいそくぜんびし、lateral anterior nasal branch）」と呼ばれ、鼻腔の外側壁の前方部分に血液を供給します。もう一つは「前鼻中隔枝（ぜんびちゅうかくし、septal anterior nasal branch）」と呼ばれ、左右の鼻腔を隔てる壁である鼻中隔（びちゅうかく、nasal septum）の前方部分に血液を送ります。
前鼻枝の最終的な細い血管は、鼻骨と鼻の先端を形作る外側鼻軟骨（がいそくびなんこつ、lateral nasal cartilage）の間を縫うように進み、鼻の付け根にあたる鼻背（びはい、nasal dorsum）の皮膚のすぐ下まで達します。この部分は、鼻血（鼻出血）が起こりやすい場所の一つとして知られており、特に鼻中隔の前下方にあるキーゼルバッハ叢（きーぜるばっはそう、Kiesselbach's plexus）と呼ばれる血管が密集した領域は、前鼻枝を含む複数の血管からの血液供給を受けています。前篩骨動脈の前鼻中隔枝は、このキーゼルバッハ叢の構成血管の一つでもあります。

このように、前篩骨動脈は、眼窩から出発し、複雑な経路をたどりながら、頭蓋内、鼻腔、副鼻腔など、顔面や頭部の重要な構造に血液を供給する役割を担っています。その解剖学的な位置と枝分かれのパターンは、鼻出血の原因や、顔面外傷、副鼻腔炎などの病態を理解する上で非常に重要となります。

また、前篩骨動脈は、眼動脈から分枝するもう一つの同様な血管である後篩骨動脈（こうしこつどうみゃく、posterior ethmoidal artery）と並んで篩骨領域に血液を供給しており、これらの血管の解剖学は頭蓋底手術や鼻科手術において特に重要視されます。本記事の情報は、1918年に発行されたグレイ解剖学第20版に基づいています。

もう一度検索