加瀬川均

加瀬川均（かせがわ ひとし）は、長年にわたり心臓血管外科医として活躍し、特に弁膜症、中でも僧帽弁膜症の治療法開発に大きな貢献をしてきた医学博士です。

経歴

千葉大学医学部を卒業後、同大学医学部第一外科、国立循環器病センター心臓血管外科での経験を経て、公益財団法人日本心臓血圧研究振興会附属榊原記念病院では、副院長、心臓血管外科主任部長、先進医療研究室長といった要職を歴任しました。2019年からは国際医療福祉大学三田病院心臓外科特任教授として後進の指導にあたる傍ら、現在も公益財団法人心臓血管研究所理事、早稲田大学理工学術院総合研究所招聘研究員、心臓血管外科専門医認定機構心臓血管外科名誉専門医として活動を続けています。

臨床と研究における主な歩み

1991年に榊原記念病院心臓血管外科に赴任して以来、加瀬川氏は患者の生活の質（QOL）を重視した僧帽弁形成術の研究開発に注力しました。また、人工弁についても生体弁の研究開発を進めました。特に注目されるのは、早稲田大学理工学部の梅津教授との共同研究です。1997年にこの共同研究を開始し、人工弁に関する研究を深めました。

弁膜症治療の普及と発展にも積極的に取り組み、2000年にはシンガポールの心臓外科医と協力してアジアで初めての弁膜症シンポジウムを立ち上げました。さらに2001年には日本生体弁研究会を設立するなど、新しい治療スタイルや研究成果の情報交換の場を創出しました。

その研究成果の一つとして、2001年には新しいステントレス僧帽弁である「ノルモ弁」を考案しました。これは、人工物を使用せず自己心膜を用いて作製される弁です。早稲田大学の研究施設で約10年にわたる詳細な評価実験を経て、その成果を学会で発表しました。臨床応用に向けて、2012年には大阪大学心臓血管外科の澤教授らと共にステントレス僧帽弁臨床研究会を設立し、この新しい弁の臨床研究を推進しました。

2015年には、「自己心膜製ステントレス僧帽弁置換術（SMVR）」として先進医療Bの承認を受け、2016年1月に臨床研究を開始しました。しかし、自己心膜の性質に個人差が大きいことが主な理由となり、2018年3月にこの先進医療としての研究は中止されました。現在では、人工弁輪を使用せずに自己心膜弁を作製する改良された方法（拡大僧帽弁形成術）が、弁形成が困難な症例や、妊娠・出産を希望するため人工弁を避けたい僧帽弁膜症患者に対して行われています。これは、考案した自己心膜弁の概念を応用し、より多くの患者に福音をもたらすための継続的な取り組みと言えます。

主な学会発表、講演、論文・著書

加瀬川氏は、考案したノルモ弁や自己心膜を用いた新しい手術法について、国内外の学会で積極的に発表・講演を行いました。また、その研究成果や手術手技に関する論文や著書を多数発表しています。

主な学会発表 (海外):

2012年：第26回欧州心臓胸部外科学会（EACTS）にて、自己心膜とフレキシブルリングを用いた新しい僧帽弁手術法を発表。
2015年：第51回米国臨床胸部外科学会（STS）にて、自己心膜を用いた形成困難例に対する僧帽弁置換術について発表。
2018年：第97回米国胸部外科学会（AATS）にて、自己心膜とフレキシブルリングを用いた新しい僧帽弁手術法を再度発表。

主な学会講演:

2012年：第112回日本外科学会特別ビデオセッション、第一回ステントレス僧帽弁臨床研究会などで、僧帽弁形成困難例の外科治療やステントレス僧帽弁の開発と臨床応用について講演。
2013年：第21回アジア心臓血管胸部外科学会シンポジウムにて、複雑な病態に対する新しい僧帽弁形成術について講演。
2015年：第68回日本胸部外科学会シンポジウム、第6回日本弁膜症学会ランチョンセミナーで、新しいステントレス僧帽弁の開発やノルモ弁の現状と将来について講演。

主な論文・著書:

J Heart Valve Disや人工臓器などの学術誌に、ノルモ弁の評価や自己心膜弁を用いた新しい手術法に関する論文を発表。
『わが国で生まれた心臓血管手術』や『心臓血管外科手術エクセレンス』などの専門書に、自己心膜を用いた僧帽弁手術の解説やステントレス僧帽弁の手技のポイントに関する章を執筆。
* 2024年には、自己心膜を用いた僧帽弁の修理様置換術の長期追跡に関する論文を発表。

これらの活動を通じて、加瀬川氏は僧帽弁膜症治療、特に自己心膜を用いた弁置換・形成術分野における日本のパイオニアの一人として、その技術と研究成果を国内外に広く発信し続けています。

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