千原繁子

千原繁子：沖縄初の女医、その生涯と功績

千原繁子（ちはら しげこ、1898年9月17日 - 1990年5月25日）は、明治から平成にかけて活躍した日本の医師であり、沖縄県出身者として初の女医です。彼女は、戦後の沖縄における女性たちの悲惨な状況を目の当たりにし、その救済と地位向上に生涯を捧げました。医師としての活動に加え、民法改正運動や母子保健など、幅広い分野でその力を発揮し、多くの人々に影響を与えました。

生い立ちと医学への道

1898年、沖縄県那覇区若狭町に生まれた千原繁子は、旧姓を渡嘉敷といいました。幼少期に両親が離婚し、母のもとで極貧の生活を送りますが、小学校では常に総代を務めるほどの優秀さでした。父から「女学校に出してやる」と言われ父のもとに引き取られます。父は沖縄で最初の学校長となり、後に視学官も務めた人物で、繁子は父から強い影響を受けました。本土出身者から見下される父の姿や、決して裕福とは言えない生活の中で、繁子は早くから自立心を育みました。医師を志していた父の勧めで、繁子も医学の道を志すようになります。

沖縄県立高等女学校を経て、東京女子医学専門学校（現在の東京女子医科大学）に入学。沖縄出身の女性としては初の医学専門学校生となり、1919年に同校を卒業するとともに医師試験にも合格し、女医となりました。卒業後は東京駿河台杏雲堂病院に勤務し、呼吸器科や小児科を担当し、細菌学の研究にも従事しました。

開業医としての活動と戦中・戦後の苦難

1928年、千原繁子は那覇市上之蔵町に「千原小児科医院」を開業し、地域医療に貢献します。町医者としての仕事だけでなく、沖縄県民一人ひとりの健康増進に尽力しました。また、沖縄県女子師範学校や沖縄県女子師範学校衛生婦養成所で講師を務め、衛生思想や医学に対する関心を広める活動にも力を入れました。

しかし、第二次世界大戦中に医院は焼失。終戦直後は集結所の診療所で勤務し、困難な状況下でも医療活動を続けました。1948年、沖縄婦人連合会結成時に委員として参加したことをきっかけに、婦人運動にも関わるようになります。沖縄は終戦直後から本土に先駆けて婦人参政権を得ましたが、民法上の女性の地位は依然として低く、女性に男性と同等の権利を与えるため、民法改正運動に取り組みました。1950年には、アメリカ政府の諮問機関である「臨時琉球諮詢委員会」が発足し、11人の委員の中で唯一の女性委員として参加。当時の沖縄において、女性の社会参画は画期的な出来事でした。

戦後の再起と女性の地位向上への貢献

戦火で焼失した上之蔵町の医院に代わり、1952年に那覇市松尾で小児科医院を再開しました。若狭小学校の校医や若狭保育園にも勤務し、母子の健康増進に尽力します。また、沖縄婦人連合会による「赤ちゃんコンクール」にも協力するなど、母子の健康と女性の地位向上に力を注ぎました。

1972年、75歳で医業を廃業。その後は、新垣美登子、金城芳子、新島正子らと交流を楽しみ、1990年5月25日にその生涯を閉じました。

人物像と評価

千原繁子は、読書家としても知られており、医学書だけでなく、『源氏物語』や『枕草子』といった古典、キリスト教などの宗教書まで、幅広いジャンルの書物を読みました。人には優しく、自分には厳しい性格で、90歳の祝いでは「自分も楽しんだから」と会費を払い、他の参加者が車で送ろうとすると、「自分で帰れる」とタクシーで帰宅したというエピソードが残っています。

医師としては、男性医師から軽視されることもありましたが、夜間救急や往診など、他の医師が敬遠する仕事を率先して引き受け、周囲からの信頼を集めました。患者を大切にする姿勢は徹底しており、常に自宅で待機し、旅行することもほとんどなかったといわれています。

彼女が叙勲を受けなかったのは、終戦直後に多発したアメリカ兵による暴行事件の被害女性を救うため、中絶に関与し、診断書を偽造したことが理由でした。女性を救いたいという強い思いから医師法に違反したという自責の念から、以降一切の叙勲を断りました。没後の1990年に開催されたシンポジウムでは、女性史研究家の外間米子が、叙勲を断った背景にある内面的な葛藤について語り、その人柄を「大らかで茶目っ気のある人生の達人だった」と評しました。

著作

* 『カルテの余白』若夏社、1978年9月。


千原繁子は、沖縄の医療と女性史において重要な足跡を残した人物です。彼女の生涯は、医師としての献身と社会変革への強い意志を示しており、多くの人々に感銘を与え続けています。

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