南部信方

南部信方(1858-1923)は、激動の時代を生きた稀有な人物です。陸奥国七戸藩の最後の藩主という立場だけでなく、菌類学者、植物病理学者として、日本の学術発展に大きく貢献しました。

信方は、盛岡藩主南部利剛の三男として生まれました。明治維新後、養父である南部信民の隠居に伴い、わずか11歳で七戸藩主の座を継ぎます。若年藩主であったため、藩政の実務は養父が担っていました。七戸藩の存続は、戊辰戦争における扱いが問題視されましたが、盛岡藩の尽力によって認められました。明治2年、版籍奉還により藩知事となり、その後廃藩置県で退任。

信方の生涯における転機は、明治9年(1876年)のアメリカ留学でした。ボストン大学で研鑽を積み、帰国後は大学予備門に入学。その後、華族の子爵に叙せられ、政府機関や教育機関で要職を歴任しました。農商務省水産局、山林局、華族女学校、林事試験場など、幅広い分野でその能力を発揮しました。

信方の学問への貢献は顕著です。専門的な教育を受けたわけではありませんでしたが、20代の頃より植物への深い関心を持ちました。農商務省農事試験場の堀正太郎氏との交流を通して植物病理学の研究にのめり込み、自ら採取した標本を欧州の研究者に送り、鑑定を依頼しました。自身の顕微鏡を用いた観察、鑑定も精力的におこない、同時代の研究者達からも高い評価を得ていました。

信方は、国内各地を調査旅行し、自ら収集した標本を基に研究を進めました。その成果は『植物學雜誌』や『病害蟲雜誌』に発表され、学界に大きな影響を与えました。彼の献名された植物病原菌には、Ochropsora nambuana、Phragmidium nambuanum、Puccinia nambuanaなどがあります。また、堀氏と共にCercoseptoria pini-densiflorae(= Pseudocercospora pini-densiflorae)を新種記載するなど、第一線の研究者として活躍しました。

信方は、卜蔵梅之丞が設立した日本植物愛護会で幹事嘱託を務め、植物病理学会の設立にも携わるなど、晩年まで菌学、植物病理学に貢献しました。大正12年(1923年)、66歳でこの世を去りました。

南部信方の生涯は、藩主としての責任と、学者としての探究心を両立させた稀有な例です。彼の功績は、日本の菌類学、植物病理学の進歩に大きく寄与し、現代においても高く評価されています。彼が残した研究成果や、その献身的な姿勢は、後世の研究者たちに大きな影響を与え続けています。彼の名は、日本の科学史に燦然と輝き続けるでしょう。

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