単系進化

単系進化（たんけいしんか、英語: Unilineal evolution）は、19世紀に社会学や文化人類学の黎明期に影響力のあった社会・文化に関する進化論の総称です。この理論は、世界中の多様な人類社会や文化が、未開な状態から次第に発展し、最終的に文明社会へと単一の決まった経路を辿って進歩するという考え方を根幹としていました。当時の多くの研究者たちは、自らが属する西洋社会こそが、その社会進化の最高段階にあると見なしていたのです。

理論が生まれた時代背景

単系進化論が隆盛した19世紀は、西洋諸国が世界各地に植民地を拡大していた時代と重なります。この時代、西洋文明の技術的・軍事的な優位性は明らかであり、多くの西洋人は自文化を世界の頂点に立つものと信じて疑いませんでした。また、ダーウィンの生物進化論が登場し、科学的な視点から物事の発展を説明しようとする気運が高まっていたことも、社会や文化を生物のように「進化」するものとして捉える考え方を後押ししました。世界各地で未知の文化と接触する機会が増え、それらをどのように理解し、位置づけるかという課題に対して、単系進化論は一種の解答として機能したのです。

理論の主な内容

単系進化論は、具体的には、人類の社会や文化が特定の段階を経て発展すると考えました。たとえば、アメリカの人類学者ルイス・ヘンリー・モーガンは、人類社会を「未開（savagery）」「野蛮（barbarism）」「文明（civilization）」の三つの主要な段階に分け、さらにそれぞれの段階を細分化しました。道具の発明（火、弓矢、土器など）、婚姻形態（乱婚、集団婚、プナルア婚、対偶婚、一夫一婦婚など）、社会組織（血縁集団、氏族、国家など）といった指標を用いて、各社会がどの段階にあるかを位置づけようとしました。

この理論の前提にあったのは、人類は心理的・生理的に同一であり、同様の環境に置かれれば同じように思考し行動するため、文化も同様の段階を辿って発展するという考え方です。異なる文化が観察された場合、それは進化の異なる段階にあると解釈されました。そして、当時の西洋社会（特にヴィクトリア朝イギリスや南北戦争後のアメリカなど）が、この進化の最終段階、すなわち「文明」の典型と見なされたのです。

なぜ「単系」なのか

この理論が「単系進化」と呼ばれるのは、社会や文化の発展経路がただ一つである、つまり一本の直線的な道筋を辿るかのように考えられたからです。世界の多様な文化は、この単一の進化の「梯子」の異なる段に位置づけられると見なされました。特定の文化が「未開」と見なされれば、それは将来的に「文明」へと発展する潜在力を持つものの、現在はまだ初期段階にあると解釈されました。

理論の限界と衰退

しかし、20世紀に入ると、単系進化論は多くの批判を受け、学術界では急速に支持を失っていきました。その主な理由は以下の通りです。

1. 文化的多様性の無視: 世界の文化は単一の経路を辿るのではなく、それぞれの歴史的・環境的要因に基づいて多様な形で発展していることが、その後の詳細な民族誌研究によって明らかになりました。単系進化論は、こうした文化の多様性や独自性を十分に説明できませんでした。
2. 実証的な反論: 世界各地の歴史や考古学的証拠は、単系進化論が提唱する段階論に必ずしも合致しませんでした。特定の技術や社会制度が、理論が想定する順序とは異なる形で出現したり、特定の段階を飛び越えたりすることが観察されました。
3. 文化相対主義の台頭: 20世紀初頭にフランツ・ボアズなどの人類学者が提唱した文化相対主義は、それぞれの文化をその内部の価値観や文脈において理解しようとしました。これは、西洋文化を絶対的な基準とする単系進化論の考え方と根本的に対立しました。文化に優劣はなく、それぞれが独自の価値を持つという視点は、単系進化論を相対化し、その普遍性を否定しました。
4. 人種主義・文化中心主義との関連: 単系進化論は、西洋文化を頂点とする階層的な文化観を持つため、しばしば人種主義や自文化中心主義を正当化する論理として利用される危険性を孕んでいました。この倫理的な問題点も、理論が敬遠される要因となりました。

現代における位置づけ

現在、単系進化論は社会・文化に関する有効な説明モデルとしては、ほとんど支持されていません。しかし、社会学や文化人類学の歴史を理解する上で重要な初期の理論として位置づけられています。これは、体系的に世界の多様な文化を比較し、法則を見出そうとする初期の試みであったと評価する一方で、その理論的な欠陥、特に文化的多様性の過小評価や自文化中心的な視点の問題点を明確に認識することが重要です。

この理論の衰退後、社会・文化の進化については、複数の経路を想定する「多系進化（Multilinear evolution）」や、各文化の歴史的な特殊性を重視する歴史主義的なアプローチなど、より複雑で多様な視点が主流となっていきました。単系進化論は、学問の発展において、初期の仮説として役割を果たしつつも、その後の研究によって克服されるべき課題を提示した理論と言えるでしょう。

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