厚別町山本

札幌市厚別区の最北西部に位置する厚別町山本は、「あつべつちょう やまもと」と称される地域です。この地区は、行政区画上の境界にあたる江別市と隣接しており、地形的には地区の西側を流れる厚別川と東側を流れる野津幌川に挟まれた低地に広がっています。海抜は10メートルを下回る平坦な土地柄です。

この地域が近代的な開発の対象となる以前は、「厚別原野」と呼ばれる広大な原野であり、その多くが泥炭地でした。年間を通じて頻繁に水害に見舞われる劣悪な環境であり、農耕には極めて不向きな土地とされていました。特に明治時代後期には、その厳しさを象徴するような出来事が記録に残っています。1898年（明治31年）に発生した大水害の際には、洪水によって泥炭層が剥がれ落ち、隣接する水田の上に泥炭ごと持ち上がって重なってしまったという、当時の自然の猛威と地域の脆弱性を示す逸話が語り継がれています。

このような厳しい状況でしたが、地域の未来を切り開く人物が現れます。1908年（明治41年）、小樽で事業を営んでいた山本久右衛門氏が、この厚別原野の広大な土地の払い下げを受けました。翌1909年（明治42年）には「山本農場」を開設し、困難が予想される大規模な開墾事業に着手したのです。

父である山本久右衛門氏の事業を引き継いだのは、息子の山本厚三氏でした。厚三氏は、父の開墾の志を受け継ぎ、特に排水事業と農地の拡張にその情熱を注ぎました。彼の指導のもと、水害のリスクを低減し、耕作可能な土地を増やすため、計画的なインフラ整備が進められました。その成果として、総延長約2400メートルに及ぶ道路網と、水田の排水を可能にするための約13万7500メートルという驚異的な長さの排水路が開削されました。これらの大規模な土木工事と弛まぬ努力の結果、約236ヘクタールにおよぶ水田と約38ヘクタールの畑地という、広大な農地が次々と開墾され、かつての利用困難な原野は豊かな実りをもたらす農業地帯へと変貌を遂げたのです。

山本厚三氏によるこの偉大な開墾事業の功績は、地域住民に深く感謝されました。そして、この感謝の念と彼の労を称えるため、1934年（昭和9年）4月、それまで単に「本田（ほんでん）」と呼ばれていたこの地域の正式名称が、山本厚三氏の姓にちなんで「山本」と改称されることになりました。この地名には、地域の発展に尽力した恩人への敬意と、その功績を後世に伝えるという住民たちの願いが込められています。

時代が移り、第二次世界大戦の終結が間近に迫っていた1944年（昭和19年）、国の農地改革に先駆ける形で、山本農場が所有していたすべての土地が、実際に耕作を行っていた小作人たちに解放されました。これは、長年の開墾によって得られた土地が、より多くの人々の生活の安定に直接貢献することになった画期的な出来事でした。

さらに、山本農場が開設されてからちょうど50年の節目を迎えた1958年（昭和33年）には、地域住民からの寄付が集められ、開墾の歴史と山本氏父子への感謝の気持ちを形にするため、「謝恩之碑」が建立されました。この碑は、今日の厚別町山本の基礎を築いた先人たちの努力を記念するものです。当初、地域の精神的な支えであった山本稲荷神社の境内に建てられましたが、その後の札幌市の市街地化の進展に伴い、現在、山本稲荷神社の公式な所在地は厚別西地区に区分されています。

今日の厚別町山本地区内には、教育施設として北海道札幌厚別高等学校や北海道札幌養護学校が置かれており、地域の教育の中心としての役割も担っています。かつての泥炭地の原野は、先人たちの開墾の歴史を経て、現在は住宅地と共存する地域へと姿を変えています。

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