古典風

太宰治『古典風』：隠された過去と運命の交錯

太宰治の短編小説『古典風』は、昭和12年（1937年）10月から12月にかけて執筆された作品です。当初は『貴族風』というタイトルで書かれた未発表の旧稿を、太宰治が改稿したものです。妻の美知子によると、構成や表現は変更されたものの、全体のページ数は旧稿と変わらなかったとされています。

物語は、美濃十郎という伯爵家の嗣子が酔いつぶれて帰宅する場面から始まります。家の中は騒がしく、母と数人の召使いが十郎を待ち構えていました。母は十郎に、行方不明になった銀のペーパーナイフについて尋ねます。十郎はそれを自分が持っているとあっさり認めます。

翌日、十郎は枕元に新しい下女が立っていることに気づきます。名前も知らないその下女を、十郎は理由もなく叱責します。実はこの下女、尾上てるこそが、ペーパーナイフを盗んだ張本人でした。

てるの過去は悲劇に満ちていました。浅草の三味線職人の娘として生まれた彼女は、13歳の時、酒に溺れた父のせいで家業が傾き、困窮を極めます。18歳になると、向島の待合で下女として働き、客に騙され、ナフタリンを食べて自殺を装うという辛い経験もしています。5年後、実家に戻ったてるは、店が回復しつつあることを知ります。そして、伯爵家への奉公が決まります。

奉公2日目の朝、てるは庭で十郎の手記を拾います。その手記には、カリギュラとその周辺の人物に関する十郎の創作が記されていました。カリギュラの妹アグリパイナとブラゼンバートの間に生まれたネロが、カリギュラによって島流しになり、その後、カリギュラの叔父クロオジヤスによって赦免されるという内容です。この物語は、十郎自身の内面世界、そして彼を取り巻く暗い影を暗示しているかのようです。

十郎の奇妙な振る舞い、そしててるの悲しい過去。これらの要素は、物語全体に独特の陰鬱な雰囲気をもたらしています。十郎が酔って帰宅する場面、そしててるがナフタリンで自殺を装った場面などは、読者に強い印象を与えます。

『古典風』は、一見すると、十郎とてるという二人の人物を中心に展開する物語ですが、その背後には、太宰治自身の内面世界や、当時の社会状況に対する複雑な感情が潜んでいると解釈できます。十郎の創作活動や、てるの悲劇的な過去は、単なるエピソードではなく、物語全体のテーマを深く理解する上で重要な要素となっています。

作品全体を通して、運命や宿命といったテーマが暗に示唆されており、読者にはそれぞれの解釈が促されます。十郎の手記に記されたカリギュラの物語は、十郎自身の心の闇、そして彼を取り巻く世界に対する不安や絶望を象徴しているのかもしれません。また、てるの悲劇的な過去は、当時の女性の置かれた厳しい状況や、社会の不条理を反映しているとも考えられます。

『古典風』は、短いながらも、多くの謎と複雑な感情が凝縮された、奥深い作品です。太宰治独特の文体と心理描写は、読者に強い印象を与え、長く記憶に残る作品となっています。

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