台湾のフェミニズム

台湾におけるフェミニズム：権威主義からの解放と多元的発展

20世紀以降の台湾におけるフェミニズムは、権威主義体制と民主化という社会政治的変動と複雑に絡み合いながら、独自の軌跡を描いてきました。本稿では、その歴史を時代区分とともに詳細にたどり、台湾フェミニズムの特徴を明らかにします。

時代区分と運動の展開

台湾フェミニズムの歴史は、大きく4つの段階に分けられます。1970年代は、呂秀蓮らによる「萌芽期」で、戒厳令下の抑圧的な状況の中、近代的なフェミニズム思想が紹介され始めました。1980年代は「拡大期」で、戒厳令解除による民主化の流れを受け、婦女新知雑誌社などの設立により運動が活発化しました。1987年の戒厳令解除以降は「多元的発展期」となり、数多くのフェミニスト団体が設立され、ジェンダー平等に関する法整備が積極的に進められました。そして1990年代以降は「分化と差異の明確化期」で、性産業や性的少数者の権利をめぐる議論が深まる一方、運動内部での意見対立も顕在化しました。

台湾フェミニズムの特徴：上から下へのモデル

台湾のフェミニズム運動は、高学歴で専門職に就く都市部の中産階級女性を中心に展開され、政策提言や政府への働きかけを重視する傾向があります。そのため、「上から下への女性運動モデル」と評されることもあります。これは、運動参加者の高い専門性と政府へのアクセスが容易であったこと、そして草の根レベルでの大衆的運動が比較的少なかったことを反映しています。国民党政府は、当初儒教道徳を強調し父権文化を強化する政策を取っていましたが、民主化の進展とともにジェンダー平等への対応を余儀なくされ、フェミニストが政府機関に登用される「フェモクラット」という現象も生まれました。

日本植民地時代：三重の支配と女性運動の芽生え

日本による植民地支配下（1910-1945年）では、工業化・近代化により女性が職場に進出する一方、植民地政府・資本家・父権の三重支配下に置かれました。初期には政治的寛容さも存在し、自主的な女性運動が芽生えましたが、日中戦争勃発後は弾圧を受けました。台湾文化協会や台湾農民組合、台湾共産党などが女性解放運動に関わり、恋愛・婚姻の自由、女子教育の推進などを訴えました。しかし、これらの運動は、植民地政府の弾圧によって短命に終わりました。一方、政府系婦人団体は、軍国主義的な動員組織として機能しました。

中華民国統治初期：白色テロと女性動員の時代

戦後、国民党による統治が始まると、白色テロと呼ばれる弾圧的な政治状況が続き、自主的な女性運動は大きく阻害されました。政府系女性団体は存在しましたが、儒教的な性別役割分担を強化する傾向がありました。宋美齢らによる女性組織は、「大陸奪還」をスローガンに掲げ、女性を政治的に動員するものであり、フェミニズム運動とは異なる性格を持っていました。

1970年代：呂秀蓮と穏健なフェミニズム

1970年代に入ると、戒厳令下の緩和とともに反体制運動が活発化し、欧米留学経験のある女性がフェミニズム思想を持ち込みました。呂秀蓮は、穏健なフェミニズムを提唱し、女性の社会進出と平等を訴えました。しかし、その活動は政府の弾圧を受け、投獄されることになりました。

1980年代：婦女新知の設立と運動の進展

1980年代は、民主化の進展とともに女性運動が大きく発展しました。呂秀蓮の獄中活動の後継として、李元貞らによって「婦女新知雑誌社」が設立され、フェミニズム運動の拠点となりました。婦女新知は、堕胎合法化、男女雇用機会均等法の制定など、多くの成果を挙げました。また、大学におけるフェミニズム研究会なども設立され、学術面からの運動支援も進みました。

1990年代：運動の多様化と分裂

1990年代には、フェミニズム運動は多様化・複雑化しました。性暴力防止法、DV防止法、男女雇用機会均等法などの法整備が進みましたが、同時に、性産業の合法化・非犯罪化をめぐる議論で、運動内部に「主流派」と「性解放派」の分裂が生じました。主流派は性産業の廃止を、性解放派はセックスワークの労働権保障をそれぞれ主張しました。この対立は、性的少数者への対応にも影響を与えました。

2000年代以降：性的少数者への権利拡大と同性婚合法化

2000年代以降は、性的少数者への権利拡大が大きなテーマとなりました。同性婚合法化を求める運動が展開され、2019年、台湾はアジアで初めて同性婚を法制化しました。トランスジェンダーの脱病理化も進み、戸籍上の性別の変更に手術が義務付けられることはなくなりました。また、障害のある性的少数者への支援も進展しました。しかし、セックスワーク特区の設置は、依然として実現していません。

結語

台湾のフェミニズムは、権威主義体制下での抑圧と民主化後の進展、運動内部の対立と合流を繰り返しながら、今日まで発展してきました。ジェンダー平等、性的少数者の権利擁護において、台湾はアジアをリードする存在となっていますが、いまだに解決すべき課題も多く残されています。今後の台湾フェミニズムの動向に注目が必要です。

もう一度検索