名探偵に乾杯

西村京太郎『名探偵に乾杯』：名探偵シリーズ最終作、孤島で繰り広げられるパロディミステリー

『名探偵に乾杯』は、西村京太郎による長編推理小説であり、推理小説史に残る名探偵たちが登場するパロディミステリー「名探偵シリーズ」の最終作です。本作は、江戸川乱歩の明智小五郎、エラリー・クイーン、ジョルジュ・シムノンのジュール・メグレといった、推理小説界を代表する名探偵たちが一堂に会し、物語を繰り広げます。

あらすじ

物語は、エルキュール・ポアロの死を悼む追悼会から始まります。明智小五郎の発案により、小林芳雄とその娘である美泳子が手配を進め、エラリー・クイーンやメグレ夫妻が招待されます。ミス・マープルは健康上の理由で欠席しますが、代わりにアーサー・ヘイスティングズが参加します。

追悼会の舞台は、静岡県西伊豆町の孤島、芳兵衛島（通称：花幻の島）。島には明智の別荘しかなく、普段は無人島ですが、自家発電設備は備わっています。外部との通信手段がない閉鎖された空間で、追悼会はひっそりと行われるはずでした。

しかし、ポアロの息子を名乗るポアロ・マードックという青年が、ポアロの遺稿を携えて現れたり、新聞記者やカメラマンがイタコを連れてポアロの交霊を試そうとしたり、さらにはヨットから放り出されたという若いカップルが現れたりと、予期せぬ訪問者たちが次々と島に押し寄せます。

そして、交霊会が始まった矢先、参加者の一人が矢で殺されるという事件が発生。マードックが探偵役を買って出ますが、次々と殺人事件が起こり、島は混乱に陥ります。外部との連絡手段が断たれた孤島で、名探偵たちは事件の真相に迫ろうとしますが、犯人は巧妙なトリックを駆使し、捜査を翻弄します。

4つの殺人事件

本作では、以下の4つの殺人事件が発生します。

第1の殺人： 暗闇の中で矢で殺害される。凶器には青酸が塗られており、本物の矢が消失する。
第2の殺人： 鍵のかかった密室状態の浴室で殺害される。
第3の殺人： 鍵のかかった個室で殺害される。
第4の殺人： 砂浜で殺害される。足跡は一人分しかなく、犯人の侵入経路が不明。

これらの事件には、アンフェアとも言えるトリックが用いられており、読者の推理を困難にします。真相は意外な人物によって明かされ、パロディミステリーらしい結末を迎えます。

登場人物

明智小五郎： 日本を代表する名探偵。ポアロの追悼会を発案。
小林芳雄： 明智の助手で、本作の語り手。元少年探偵団のリーダー。
小林美泳子： 小林芳雄の娘。
エラリー・クイーン： アメリカを代表する名探偵。
ジュール・メグレ： フランスを代表する名探偵。元パリ警視庁の警視。
メグレ夫人： メグレの妻。
アーサー・ヘイスティングズ： ポアロの友人。ミス・マープルの代理で参加。
ポアロ・マードック： 「エルキュール・ポアロの息子」と名乗る青年。
牧田茂： 中央新聞の記者。
北島： カメラマン。牧田の同僚。
塩月キミ： 恐山のイタコ。
岸井礼二郎： 推理作家。
田野倉伸介： M商事勤務。追悼会に紛れ込んだ。
井上昭子： 田野倉の同僚。同じく追悼会に紛れ込んだ。

『カーテン』への批判

本作では、ポアロ・マードックによって、アガサ・クリスティの『カーテン』に対する矛盾点が指摘されます。ポアロが犯人Xの性格を把握しているにもかかわらず対策を講じなかったことや、ヘイスティングズを危険な場所に呼び寄せた理由などが疑問視されます。

マードックは、これらの矛盾点を踏まえ、『カーテン』の真相について独自の推理を展開します。

ポアロの遺稿

ポアロ・マードックは、ポアロの遺稿と称する原稿を持参します。その内容は、シェイクスピアやディケンズを尊敬する一方で、エドガー・アラン・ポーやアーサー・コナン・ドイルを批判するなど、辛辣な作家論が展開されています。

しかし、この遺稿には不審な点も多く、明智たちはその真贋を見極めようとします。最終的に、遺稿は別荘とともに灰になってしまいますが、その真実は謎に包まれたままです。

『名探偵に乾杯』は、名探偵たちが集うパロディミステリーでありながら、本格的な推理小説としての側面も持ち合わせています。過去作へのオマージュや、アガサ・クリスティ作品への批判など、様々な要素が盛り込まれており、推理小説ファンにとっては見逃せない一作です。

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