坂田稔

写真家・坂田稔：前衛と戦争、そして技術革新の軌跡

坂田稔（1902-1974）は、20世紀日本の写真史に重要な足跡を残した写真家です。愛知県で生まれ、名古屋を主な活動拠点として、前衛的な写真表現を探求しました。彼の生涯は、芸術への情熱、戦争体験、そして技術者としての才能が複雑に絡み合った、ドラマチックなものでした。

初期の活動と前衛写真への傾倒

1902年、愛知県に生まれた坂田は、岡崎中学校卒業後、三竜社に勤務し、満州にも出張経験があります。その後、兵役を経て毎日新聞社に勤務する傍ら、浪華写真倶楽部に参加するなど、写真の道を歩み始めます。結核療養を挟みながらも、1934年には名古屋市でカメラ・写真材料店「コダック」を開業、写真家グループ「なごやふぉとぐるっぺ」を結成します。このグループは後に「ナゴヤフォトアバンガルド倶楽部」と改称され、前衛的な写真表現を追求する中心的な存在となります。

坂田は、このグループで精力的に活動し、実験的な作品を発表しました。彼の作品は、シュルレアリスムやアブストラクトな表現を取り入れ、当時の日本の写真界に新たな視点を提示しました。自由美術家協会展への出品や、写真雑誌への寄稿を通して、その才能を広く知らしめていきます。特に、球体をモチーフとした作品群は、彼の代表作として知られています。

戦争とジャワでの活動

太平洋戦争が始まると、坂田は陸軍報道班員として徴用され、1942年にはジャワ島に派遣されます。ジャカルタ、スラバヤなど各地で情報収集に従事する一方、陸軍の委嘱を受け、写真技術の指導や機材の考案にも携わりました。この経験は、彼の技術者としての才能をさらに開花させる契機となりました。

戦後、坂田は東京裁判の通訳を務めたのち、光化学関係の特許を取得し、各社の技術顧問として活躍します。写真家としての活動は衰えましたが、培った技術と知識を活かし、新たな道を切り開きました。

晩年と評価

晩年には、自身の作品が展覧会に出品されるなど、改めて評価を高めていきました。1971年には『日本写真誌1840-1945』に作品が収録され、1980年代には回顧展も開催されました。

坂田稔の作品は、前衛的な表現と、戦争体験という特異な背景を持つことで、現在も高い評価を受けています。彼の生涯は、芸術家として、技術者として、そして一人の人間としての複雑な側面を併せ持つ、興味深い物語です。彼の作品は、日本の写真史において、新たな表現の可能性を示しただけでなく、時代の変遷を映し出す重要な記録としても捉えることができるでしょう。 彼の活動は、写真が単なる記録媒体を超え、芸術表現、そして技術革新の手段となりうることを示す、確かな証となっています。その功績は、後世の写真家たちに大きな影響を与え続けていると言えるでしょう。

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