坂道 (小説)

坂道（さかみち）

壺井栄による小説『坂道』は、1952年に『母のない子と子のない母と』と共に第2回芸術選奨文部大臣賞を受賞しました。この作品は、戦後の混乱期における人々の生活と心情を、子供の視点を通して繊細に描いています。

作品解説

『坂道』は、元々月刊誌『少年少女』に『坂途』という題で発表されました。その後『坂道』と改題され、短編集としても刊行されています。物語は、主人公である道子の視点から展開されますが、物語の中心となるのは、道子の家に下宿することになった堂本という青年です。堂本は、両親を失い、苦難の道を歩もうとしています。

この作品は、血縁関係にある人々との交流を描いた『柿の木のある家』から視野を広げ、血縁のない人々との交流を通じて、家族の温かさや、社会における様々な問題を描き出しています。堂本が、道子やその家族の善意に支えられながら、困難な状況を乗り越えようとする姿は、読者の心を強く打ちます。

物語には、道子たちの家族とは対照的な存在として、屋敷の主人や巡査が登場します。これらの人物を通して、堂本は自身が一介の労働者であることを意識せざるを得ない場面に遭遇し、従来の壺井作品とは異なる社会的な局面が描かれています。屋敷の主人からは「金持ちのエゴイズム」が、巡査からは「官僚性」が垣間見え、それらと対比される形で、堂本や道子の家族の正義感が際立っています。

あらすじ

終戦直後、道子の家に父の親友の息子である堂本と名乗る青年がやってきます。彼は、父親が満州で行方不明となり、母親も病死したため、身寄りをなくしていました。道子の家は決して裕福ではありませんでしたが、堂本を引き取ることにします。堂本は屑屋の仕事を手伝いながら、夜間の大学に通うという夢を持っていました。

一年後、念願の大学に入学した堂本は、勉強に集中するため、道子の家の近くに引っ越すことにしました。道子や弟たちと一緒に荷物を運び、子犬のチビ公も連れて、新しい住居へと向かう途中、彼らは上り坂で大きな屋敷の犬に遭遇します。チビ公がその犬に噛まれてしまい、堂本は犬の飼い主である老女に注意しますが、老女は聞き入れません。騒ぎを聞きつけた屋敷の主人が現れ、事態はさらに悪化します。

駆けつけた巡査は、動物愛護週間であることを理由に堂本の言動を批判しますが、道子の弟の一夫は、謝るべきは主人の方だと反論します。最終的に老女が謝罪することで騒動は収まりますが、堂本は、自分の家の動物しか愛護しない金持ちよりも、屑屋の方が立派だと語ります。道子たちは再び上り坂を登り始め、新しい生活へと向かいます。

評価

『坂道』は、中学校の国語教科書や文学教材にも採用されており、坪田譲治は壺井栄の数ある童話の中でも「屈指の作品」と評価しています。第2回芸術選奨文部大臣賞の審査では、『母のない子と子のない母と』と共に候補に挙がり、どちらの作品を主体とするかで議論が分かれましたが、最終的には『母のない子と子のない母と』が主に評価され、受賞に至りました。

『坂道』は、戦後の日本の社会状況や人々の心情をリアルに描き出し、困難な時代を生きる人々の希望と葛藤を、子供の視点を通して鮮やかに描き出した名作として、今もなお多くの読者に愛されています。

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