坑夫

『坑夫』：漱石の異色作、人生の岐路と唐突な結末

夏目漱石の長編小説『坑夫』は、1908年（明治41年）、朝日新聞で連載されました。漱石が職業作家として手がけた二作目の作品であり、『虞美人草』に続く重要な作品です。連載期間は東京版で91回、大阪版で96回と、長期にわたる連載となりました。

物語の概要:物語の中心人物は、19歳の青年です。彼は恋愛関係のもつれから、家出して東京を飛び出します。行き場を失った彼は、松林で偶然出会ったポン引きの長蔵に誘われ、鉱山で坑夫として働くことを決意します。自殺願望すら抱いていた青年にとって、坑夫の仕事は、人生の新たな出発点となるはずでした。

道中では、奇妙な赤毛布や小僧といった個性的な人物と出会い、彼らと共に鉱山町の飯場へと向かいます。飯場では、異様な風体の坑夫たちと出会い、様々な困難に直面します。飯場頭や坑夫の安さんからは東京に戻るように忠告されますが、青年は自分の決意を固め、深い坑内へと入っていきます。

しかし、物語の結末は唐突に訪れます。坑道で働いた翌日、健康診断で気管支炎と診断され、坑夫として働くことができなくなります。結局、青年は飯場頭と相談し、飯場の帳簿付けの仕事を5ヶ月間務めた後、東京へ帰ることを決めます。鉱山での経験は、青年の運命を大きく変え、新たな人生の転機となるのです。

作品背景と漱石の苦悩:『坑夫』の創作背景には、興味深いエピソードがあります。ある日、漱石のもとに荒井という若者が訪れ、自身の体験を小説にしてほしいと依頼しました。荒井は報酬を得て信州へ行く資金を得るため、漱石に協力を求めたのです。漱石は当初、個人の事情を小説にすることに抵抗を感じていましたが、1908年元日から朝日新聞で連載予定だった島崎藤村の『春』の執筆が遅延したため、急遽、漱石が穴埋めの執筆をすることとなりました。この状況から、漱石は荒井の申し出を受け入れ、『坑夫』の執筆へと至ったのです。

『坑夫』は、漱石作品の中でも異色な作品と言えるでしょう。実在の人物の経験を基にした、ルポルタージュ的な要素を含んだ作品であり、漱石の代表作として取り上げられることは少ないものの、現在でも多くの研究論文が発表されています。この作品は、漱石の作家としての柔軟性と、現実社会への鋭い洞察力を示す、貴重な作品として評価されています。

作品の魅力:『坑夫』は、単なる鉱山での労働を描いた物語ではありません。主人公の心の葛藤、人間関係、そして人生の選択といった普遍的なテーマを、簡潔で力強い筆致で描き出しています。唐突な結末は、読者に強い印象を与え、人生の不確定さ、そして新たな出発を促す力を持つと言えるでしょう。また、鉱山という閉鎖的な空間の中で繰り広げられる人間ドラマは、読者の想像力を掻き立て、深く考えさせられる作品となっています。

『坑夫』は、漱石作品の中でも独特な雰囲気を持つ、魅力的な作品です。漱石の多様な才能と、その時代の社会情勢を垣間見ることができる、重要な作品として読み継がれていくことでしょう。

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