堀江六人斬り

堀江六人斬り事件の概要

「堀江六人斬り事件」は、1905年（明治38年）6月21日未明、大阪市西区の堀江遊郭内にあった貸座敷「山梅楼」で発生した大量殺人事件です。山梅楼の当主であった中川萬次郎（事件当時52歳）が、内縁の妻の親族や店の関係者など6人を刀剣で襲撃し、そのうち5人が命を落としました。

事件で唯一生き残ったのは、両腕を切断されるという重傷を負った芸妓の津満吉（つまきち）、本名・河内ヨネ（当時17歳）でした。彼女はその後、結婚や出産、離婚といった人生の曲折を経て高野山で出家し、大石順教と名を改め、障害者の福祉にその半生を捧げた人物としても知られています。

事件に至る背景

犯人の中川萬次郎は、元は船乗りでしたが、大阪の堀江遊郭の貸座敷「山梅楼」の養女、八重と結婚し、その経営に関わるようになります。しかし、女好きだった萬次郎は店の芸妓に手を出し、最初の妻である八重を不正な理由で追い出して山梅楼を乗っ取ります。

その後、松島遊郭の芸妓であった白木すえを内縁の妻としますが、今度はすえの姪である雑魚谷あい（あい、当時26歳）を養女として迎え入れ、店に出したあいと関係を持つようになります。あいは「小萬」として人気の芸妓となりますが、25歳も年上の萬次郎を嫌っていました。あいと萬次郎の間に娘の初光（はつこ）が生まれると、萬次郎はあいに入れ込み、すえとの関係は悪化。萬次郎はすえと店の養子である明次郎（明治郎）が密通していると一方的に決めつけ、嫌がらせに耐えかねたすえは山梅楼を出て行きます。

すえの失踪後、萬次郎はあいを正式な妻としますが、あいは萬次郎への嫌悪感を隠さず、心を開きませんでした。萬次郎はあいを繋ぎ止めるため、あいの母やきょうだいを山梅楼に居候させますが、あい自身は萬次郎の暴力的な態度や、甥の明次郎への看病をきっかけにした萬次郎との耼により、明次郎と共に山梅楼から失踪してしまいます。桜の盛りの明治38年5月3日に明次郎が、その2日後にあいも姿を消しました。

萬次郎はあいと明次郎が駆け落ちしたと思い込み、必死に捜索しますが、あいの母や親族、そして妻吉の父なども協力しませんでした。警察に捜索願を出すも発見には至らず、追い詰められた萬次郎は、関係者全員が自分を欺き、二人を匿っていると邪推し、激しい怨恨を募らせていきました。

凄惨な犯行

事件の数日前、萬次郎は馴染みの客に意味深な発言をし、6月19日には女性に背かれた男が多数を斬る歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」を鑑賞するなど、犯行を示唆する行動が見られました。

事件前日の6月20日夜、萬次郎は山梅楼にいたあいの母こま、妹すみ、弟安次郎、芸妓の妻吉、梅吉、そして娘の初光らを集め、酒宴を催しました。梅雨の長雨で鬱屈した気分を晴らすためと言い、豪華な料理を振る舞います。宴の間も萬次郎はあいがいない寂しさを口にし、午前3時頃まで酒を飲み続けます。

宴が終わり、一同が寝静まった午前4時頃、萬次郎は凶行に及びます。事前に遺書や自害の準備を整えていた萬次郎は、1階で寝ていたあいの母こまの上に跨り、頭部を二太刀で斬殺。悲鳴を聞いて起きた妹すみも即死させます。

さらに2階へ上がり、寝ていた安次郎の首を斬り落とし、隣で寝ていた妻吉の両腕を斬りつけました。絶叫する妻吉の口内に刀を突き入れ、「よくも、わいの悪口をしゃべりおったな」と舌や顎を傷つけますが、妻吉は死んだふりをして難を逃れます。物音を聞いて駆けつけた梅吉も顔、背中を斬られ絶命。

再び階下に降りた萬次郎は、逃げ惑うきぬ（あいの兄の娘）を捕らえ、あいの父への恨みを述べた上で斬殺しました。合計6人を斬り付け、うち5人を殺害した萬次郎は、一時の狂気が去ると正気を取り戻し、自殺を図るも果たせず、午前6時頃、自ら西署に自首しました。

裁判とその後

逮捕された萬次郎の裁判は注目を集めました。一審では故殺罪として無期徒刑（無期懲役）の判決が下されましたが、検事側の控訴により、控訴審では諜殺罪と判断され死刑判決となります。萬次郎は上告しますが棄却され、1907年（明治40年）2月1日に刑が執行されました。

この事件は当時の大阪社会に大きな衝撃を与え、特に「貞女二夫にまみえず」といった家庭訓が重んじられた時代において、女性の「よろめき」が引き起こしたとして世の旦那達の外出を控えさせたり、妻女を慎ましくさせたりしたと言われています。新聞も連日大見出しで報じ、事件を題材にした芝居や見世物などもすぐに上演されました。

唯一の生存者となった妻吉は、両腕切断という重傷を負いながらも奇跡的に回復。手術後、巡業先の東京で萬次郎の死刑執行の知らせを聞き、法要を営みます。後日大阪に戻った後、萬次郎のために石塔を建立し、犠牲者5人の法要も営みました。

妻吉は後に尼僧となり大石順教と名を改め、両腕がないという重い障害を抱えながらも、書道や絵画を義手や口を使って行うなど芸術活動で自立し、自身の体験を通じて多くの人々を勇気づけ、障害者支援や社会福祉活動に尽力しました。彼女の波乱に満ちた生涯は、多くの人々に感動を与え、小説やドラマ、映画の題材にもなっています。

事件の舞台となった山梅楼の建物は現存せず、当時の面影は残っていません。

犠牲となった人々：
座古谷こま（あいの母）
座古谷すみ（あいの妹）
菱安次郎（あいの弟）
杉本ヨネ（梅吉）
中尾キヌ（あいの兄の娘）

唯一の生存者：
河内ヨネ（妻吉）

犯人：
* 中川萬次郎

事件は、遊郭という特殊な環境下で発生した、複雑な人間関係と愛憎が引き起こした悲劇として、近代日本の犯罪史に刻まれています。

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