塩川寿平

塩川寿平は、1938年に満洲国奉天市で誕生し、戦中・戦後の困難な時代を経て、日本の幼児教育分野で多大な足跡を残した人物である。学者、評論家として論壇に立つ傍ら、大地教育研究所の所長を務め、自身の母であり「大地保育」を提唱した塩川豊子氏の教育思想を継承・発展させ、その理念の普及に生涯を捧げている。

終戦後、塩川家は静岡県富士宮市へと引き揚げた。幼い頃から、母・豊子が自宅を開放して行う保育活動を間近で見て育ち、保育という営みが生活の一部であった。1953年に両親が野中保育園を開園すると、塩川氏も自然な形で保育現場を手伝うようになった。この少年期からの実体験が、机上の空論ではない、地に足の着いた教育観を育む上で決定的な役割を果たしたと言える。

学問を修めるため、日本社会事業大学に進学し、卒業後は明治学院大学大学院で社会学の修士号を取得した。社会学という広範な視点から幼児教育を捉え直すことで、教育現象をより多角的に分析する力を養った。

学究生活を終えた後、塩川氏は教育者としての道を歩み始める。静岡県立厚生保育専門学校（現在の静岡県立大学短期大学部）を皮切りに、淑徳大学社会福祉学部、共栄学園短期大学、静岡県立大学短期大学部、そして東横学園女子短期大学保育学科で特任教授を務めるなど、長年にわたり様々な教育機関で教鞭を執った。未来の保育者を育成する現場で、理論と実践を結びつける教育を行った。

塩川氏の幼児教育における顕著な功績の一つとして、1974年5月の倉橋惣三賞受賞が挙げられる。この賞は、日本の幼児教育の発展に貢献した個人や団体に贈られる大変名誉あるものであり、彼の業績が当時の教育界において高く評価されていた証である。

彼が特に力を入れてきたのが、母・豊子の思想を受け継ぎ発展させた「大地教育」である。大地教育は、単なる知識の詰め込みではなく、子どもたちが自然環境の中で五感を存分に使い、土や水、植物、昆虫などとの関わりを通じて学ぶことの根源的な重要性を説く。人工的に整備された空間だけでなく、「大地」そのものが持つ豊かな教育力を信じ、そこから子どもたちの内発的な興味や探求心を引き出す保育を目指す。大地教育研究所所長として、その理念を広め、実践を支援する活動を精力的に行っている。著書『どろんこ保育』や『大地保育環境論』は、この大地教育の具体的なあり方を示す代表的な著作であり、多くの保育現場で参考にされている。

また、評論家としても活動し、現代の幼児教育が直面する様々な問題について積極的に発言してきた。子どもの主体的な遊びの価値を問い直す『名のない遊び』、子どもの見方について深掘りする共編著『幼児の教育全書 2 子どもを見る目』、若い世代の保護者への具体的なアドバイスをまとめた『知っておきたい育児のコツ』、遊び環境の工夫について論じた『コーナーのないコーナーの保育』など、その著作リストは非常に豊富である。さらに、『文字と数は教えるべきか 討論幼児教育』のように、当時の幼児教育界で議論となっていたテーマに対し、多角的な視点から論を展開する著作にも携わっており、教育思想家としての顔も持つ。

情報化が進み、子どもたちの生活環境が変化する現代において、塩川寿平氏が長年提唱してきた大地教育の理念は、ますますその重要性を増していると言える。教育者、評論家、そして大地教育の推進者として、塩川氏は日本の幼児教育史に不可欠な存在として、現在もその活動を続けている。

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