増田光吉

増田光吉（ますだこうきち、1924年 5月21日 - 1988年 9月24日）は、戦後日本の社会学界において、特に家族社会学の分野で重要な足跡を残した研究者である。その研究は、家族の構造や機能、世代間の関係、さらには都市における住宅問題など、当時の日本社会が直面していた様々な社会現象を社会学的な視点から解明しようと試みた。大阪府に生まれた増田は、学問の道を志し、京都帝国大学文学部社会学科で社会学を修めた。大学卒業後、研究者のキャリアをスタートさせ、甲南大学にて助教授、そして後に教授として長年にわたり教鞭を執り、教育者としても多くの後進を育成した。

初期研究と住宅問題

増田の研究活動は多岐にわたるが、初期には家族社会学に加えて、都市部における新しい居住形態、すなわち集合住宅での生活実態に関する関心を示していた。彼の著書『鉄筋アパート街の生活をさぐる』は、西宮市に建設された北口団地における社会教育の実態調査に基づいたものであり、都市化の進展に伴って出現した集合住宅という環境が、そこに暮らす人々の生活様式や地域社会との関わりにどのような影響を与えているかを詳細に分析している。この研究は、単に建築物としての住宅を扱うのではなく、人々の生活基盤としての住宅を社会学的な視点から捉える試みであり、その後の家族社会学の研究においても、居住環境が家族生活に与える影響を考察する上で基礎的な知見を提供したと言えるだろう。

家族社会学への深化と日米比較

増田光吉の研究の中心は、やがて家族社会学へと深く移行していく。高度経済成長を経て社会構造が大きく変化する中で、日本の家族もまた伝統的な形態から多様なあり方へと変容を遂げていた。増田は、このような家族の変動を捉え、その背後にある社会的な要因や、それが個人や社会全体に与える影響を分析することに力を注いだ。彼の家族社会学における研究の大きな特徴の一つは、日本とアメリカの家族を比較する視点を積極的に取り入れた点である。著書『アメリカの家族・日本の家族』をはじめ、『若者とお年寄り日米比較』、『日本人の家族関係異文化と比較して《新しい家庭像》をさぐる』といった著作は、日米両国の家族構造、親子関係や夫婦関係の特質、世代間の意識の違いなどを実証的なデータに基づきながら詳細に比較分析し、グローバルな視点から日本の家族の独自性や普遍性を明らかにしようと試みたものである。

世代間関係と現代家族の課題への取り組み

増田の研究は、家族内の世代間関係にも深い洞察をもたらした。都市部への人口集中や核家族化の進行といった社会現象の中で変化する親子関係、高齢化社会の到来に伴って重要性を増す老人と家族の関係、さらには三世代家族の維持や変容など、具体的な世代間の相互作用に関する実証的な研究を進めた。共編著として発表された『現代のしつけと親子関係』、『三世代家族世代間関係の実証的研究』、『老人と家族』といった著作は、これらの研究成果を集約したものであり、当時の日本の家族が抱えていた具体的な課題、例えばしつけを巡る親子の意識のずれや、高齢者の介護・扶養といった問題を社会学的な視点から分析している。これらの著作は、単なる理論的な考察に留まらず、実際の調査データに基づいた詳細な分析によって、現代日本の家族の実態を鮮やかに描き出している点が特徴である。

家族の未来への提言と学術貢献

増田は、変動する社会の中で時に「病理」を指摘される日本の家族が、どのようにして活力を取り戻し、「蘇生」しうるのかという問いにも向き合った。晩年に著した『ファミリーリバースニッポンの家族は蘇生する！』は、社会学的な分析を踏まえつつ、現代家族が抱える課題を克服し、より良い家族関係を築くための示唆や提言を与えようとする彼の問題意識の表れと言える。また、海外の優れた社会学研究を日本に紹介することにも貢献しており、J.ウェストによるアメリカ農村部の生活誌を記録した名著『プレインヴィルUSA 1940年のアメリカ農村生活誌』の監訳は、異文化理解を深める上で学術的に重要な貢献となっている。

増田光吉は、初期の住宅問題研究から始まり、一貫して日本の家族変動とその社会的な文脈を追い続けた社会学者であった。実証的な調査に基づいた堅実な分析、日本とアメリカを比較するといった多角的な視点、そして家族内の世代間関係に対する深い関心は、彼の研究スタイルを特徴づけている。甲南大学での教育活動と並行して精力的に著作活動を行い、多くの論文や書籍を世に送り出した彼の業績は、戦後日本の家族社会学の発展に不可欠な貢献を果たしたものとして、今日でも高く評価されている。

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