多田鉄之助

多田 鉄之助

日本の食文化の奥深さを追求し、その魅力を広く伝えた食味評論家、多田 鉄之助（ただ てつのすけ）は、1896年8月15日に東京市根岸の地に生を受けました。87年の生涯を閉じ、1984年1月22日に永眠するまで、彼は日本の「食」を様々な角度から見つめ続けました。

慶應義塾大学部の理財科を1922年に卒業後、多田はすぐに食の道に進んだわけではありません。「時事新報」でジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせ、その後は牧場観光会社の社長を務めるなど、幅広い分野で社会経験を積みました。これらの経験が、後の彼の食に対する多角的な視点を育んだのかもしれません。

彼の人生の大きな転機となったのは、1933年に多田食味研究所を設立したことでした。これにより、彼は食の研究と評論を本格的に専門とすることを決意します。研究所を拠点に、月刊誌『食味評論』を主宰し、食に関する専門的な知識や、食通ならではの視点を読者に提供しました。この雑誌は、当時の食に関心を持つ人々にとって重要な情報源となりました。

多田鉄之助の活動は、活字媒体にとどまりませんでした。彼は新しいメディアにも積極的に登場し、食文化の普及に貢献しました。特に、戦後のテレビ放送が普及し始めた頃、テレビの料理教室番組に出演し、その草分け的な存在として知られるようになります。家庭で実践できる料理のコツや、食材の選び方、食の知識などを分かりやすく伝え、多くのお茶の間で親しまれました。また、多くの料理学校の運営にも深く関与し、食の技術や知識を体系的に教える教育の場づくりにも尽力しました。これにより、プロの料理人だけでなく、一般の人々が食について学ぶ機会を増やしました。

彼の最も顕著な功績の一つは、その膨大な著作群です。生涯にわたり、多岐にわたるテーマで数多くの書籍を発表しました。代表的なものとしては、初期の『食味漫談』や『食味の真髄』から始まり、特定の食材に焦点を当てた『蕎麦漫筆』、全国の食文化を紹介する『郷土料理』や『全国うまいもの』、さらに食の歴史をたどる『たべもの日本史』シリーズなどがあります。これらの著作は、単なるレシピ集ではなく、食の背景にある歴史、文化、風習、そして味わいの本質を探求したものでした。食の専門家ならではの深い洞察と、読みやすい筆致で書かれた彼の本は、食に関する知識を広めたいと願う多くの読者に迎えられました。食通としての知見をまとめた『食通ものしり読本』などは、現在でも食の読み物として参照されることがあります。

個人的な信条を示すエピソードとしては、年齢を重ねても現役であり続けることを強く意識しており、「百歳までは現役」をスローガンに掲げた「百現会」を旗揚げするなど、精力的な活動姿勢を貫きました。このような姿勢は、多くの人々に刺激を与えたことでしょう。

多田鉄之助は、単なる味の評論家ではなく、メディア、教育、出版など、様々な角度から日本の食文化を豊かにし、それを次世代に伝えることに尽力した人物です。彼の残した功績は大きく、今日の日本の食文化を語る上で欠かせない存在と言えます。1984年に惜しまれつつこの世を去りましたが、彼の探求した食の世界は、今なお多くの人々に影響を与え続けています。

もう一度検索