大いなる助走

『大いなる助走』：文壇を揺るがした痛快ブラックユーモア小説

筒井康隆による小説『大いなる助走』は、1977年から1978年にかけて『別册文藝春秋』に連載され、1979年に単行本として刊行されました。2005年には新装版も出版され、現在も多くの読者から支持されています。1989年には佐藤浩市主演で映画化され、第100回芥川賞・直木賞に合わせて公開されたことも記憶に新しいところです。

文壇を鋭く風刺した問題作

本作は、架空の文学賞「直廾賞」（明らかに直木賞を意識したネーミング）を巡る騒動を描いています。主人公の市谷京二は、地方都市の同人誌で発表した作品が「直廾賞」候補に選ばれます。しかし、選考委員たちの腐敗と権力闘争、そして嫉妬渦巻く文壇の裏側を目の当たりにすることになります。

芥川龍之介の「不思議な島」や太宰治の「創生記」といった、文壇を風刺した先行作品はありましたが、『大いなる助走』はその規模と表現の豊かさにおいて、それらをはるかに凌駕しています。戦後高度成長期の文学界の巨大化と地域化、そしてその腐敗を、痛烈なまでに描き出した記録碑的作品と言えるでしょう。

連載開始から大きな話題を呼ぶ

『別册文藝春秋』という、皮肉にも直木賞を主催する出版社の雑誌で、直木賞を揶揄し、実在の選考委員を思わせる登場人物を醜悪に描いた本作は、連載開始当初から大きな話題を呼びました。1978年には『週刊ポスト』で特集が組まれるほどでした。

文壇の裏話や地方都市の同人誌事情などがユーモラスに、時にシニカルに描かれる本作は、世間に衝撃を与えるとともに、痛快な喜劇小説としても広く受け入れられました。直木賞に3度ノミネートされながらも受賞を逃した筒井康隆自身の経験が投影されているという見方もある一方、筒井自身は「恨みつらみを晴らそうなどとは考えていなかった」と述べています。

予想外の展開と大胆な描写

連載開始後には、山田正紀が直木賞を受賞できなかったことを自身の小説に重ね合わせたかのような発言が、筒井自身の日記に掲載されたことが話題になりました。それ以降、本作の展開はさらに大胆なものとなっていきます。

モデルとなった選考委員の一人が、編集部に抗議に訪れたというエピソードも有名です。筒井自身も、後に「直木賞を受賞していれば、作家としての成長が止まっただろう」と回想しており、むしろ受賞しなかったことを感謝しているとも語っています。

文壇への影響とその後

『大いなる助走』は、世間の文学賞、特に直木賞を見る目を大きく変えました。大岡昇平は、本作をバルザックの『幻滅』になぞらえ、強い羨望の念を抱いていたと述べています。

2005年に新装版が刊行された頃には、筒井康隆自身が文学賞の選考委員を務める立場になっており、自身の作品がブーメランのように返ってくる経験もしたといいます。井上ひさしは、選考委員を務めた際に「筒井康隆に直木賞をやらなかった」という事態を避けるために、筒井と同時に直木賞候補となり受賞した作家を選んだエピソードも語られています。

その後、筒井康隆は『文學界』で「巨船ベラス・レトラス」を連載。これは、現代の出版不況や文学の衰退といった問題を扱った、いわば「平成版『大いなる助走』」と言える作品です。

あらすじ

主人公の市谷京二は、大企業に勤めながら同人誌に小説を発表。その作品が文芸誌に掲載され、「直廾賞」候補にノミネートされます。しかし、受賞を逃した市谷は、買収に応じながら裏切った選考委員たちへの復讐を決意します。

登場人物

本作には、市谷京二をはじめ、個性豊かな登場人物たちが数多く登場します。同人誌仲間、選考委員、編集者、ジャーナリストなど、多様な人間関係とそれぞれの思惑が複雑に絡み合い、物語に深みを与えています。特に選考委員たちは、実在の作家をモデルにしていると言われ、その描写は非常にリアルで痛快です。

まとめ

『大いなる助走』は、文壇の光と影をユーモラスかつシニカルに描いた、傑作小説です。単なる風刺小説にとどまらず、人間の業や社会の矛盾を鋭くえぐり出す、多くの読者を魅了する作品と言えるでしょう。その衝撃的な内容は、現代においても色褪せることなく、私たちに様々な問いかけを投げかけてきます。

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