大森勧銀事件

大森勧銀事件

大森勧銀事件（おおもりかんぎんじけん）は、1970年10月に東京都大田区で発生した強盗殺人事件であり、その後の捜査・裁判の経緯から冤罪事件としても語られる出来事です。

事件が発生したのは、1970年10月18日の夜のことでした。現場となったのは、当時の日本勧業銀行（現在のみずほ銀行の前身の一つ）大森支店です。この夜、宿直勤務にあたっていた行員が、電気掃除機のコードを使って絞殺されているのが発見されました。支店内の金庫室からは、固定用のボルトが数本外されているのが確認されており、強盗目的の犯行である可能性が示唆されました。

事件発生から10日後の10月27日、警視庁大井警察署は一人の男性Xを逮捕しました。逮捕容疑は本件殺人事件ではなく、別のライフル銃窃盗事件に関するものでした。実は、Xは逮捕される前に、知人の自動車から預金通帳と印鑑を盗んでおり、その事実が発覚する前に預金を引き出そうと企てていました。そして、知人の追及をかわし、足止めをする目的で、大森勧銀での強盗殺人事件は自分がやった、と嘘をついていたことが、逮捕に繋がる端緒の一つとなったのです。

逮捕後、警察の取り調べを受けたXは、本件殺人事件への関与を認める供述をしました。しかし、捜査当局が犯行に使用されたとされる刃物や工具の種類について詳細を尋ねても、供述は曖昧で一貫性に欠けていました。供述に基づき凶器や遺棄場所の捜索が行われましたが、肝心の証拠品は一切発見されませんでした。捜査当局は、Xに見覚えのある刃物や工具の写真を見せて外観を特定させようとしたり、拾得物として届け出てくれるよう異例の呼びかけを行ったりしましたが、これらも成果には結びつきませんでした。

物的証拠が極めて不十分な状況ではありましたが、Xは殺人罪で起訴されることになりました。しかし、1971年に行われた東京地方裁判所での初公判において、Xは一転して起訴事実を全面的に否認しました。これまでの自白は警察官の誘導によるものだと主張し、改めて無罪を訴えました。

裁判は難航し、2年後の1973年3月、東京地裁は求刑通りXに無期懲役の有罪判決を言い渡しました。Xはこれを不服として東京高等裁判所に控訴しました。控訴審の過程で、事件現場に残されていた足跡の鑑定が改めて行われました。その結果、現場の足跡は被告人Xのものとは一致せず、複数の人物によって残された可能性が示唆されるという、第一審の判断を覆す重要な新証拠が得られました。

この足跡鑑定の結果などを踏まえ、1978年7月30日、東京高裁は第一審判決を取り消し、被告人Xに対して逆転無罪判決を言い渡しました。検察側は無罪判決を不服とし、最高裁判所に上告しましたが、1982年3月17日に最高裁は検察側の上告を棄却する決定を下しました。これにより、被告人Xの無罪が最終的に確定しました。

Xの無罪は確定したものの、真犯人が特定されることはなく、事件は未解決のまま時が過ぎました。そして、1985年10月18日をもって、殺人罪の公訴時効が成立し、大森勧銀事件は法的に未解決事件となりました。

本事件の捜査には、「捜査の神様」とも称された平塚八兵衛刑事が担当していました。また、被告人Xの弁護団には、後に政治家として活躍する細川律夫氏（後の厚生労働大臣）や白川勝彦氏（後の自治大臣）らが参加していました。弁護団の活動の記録は、ジャーナリストの松永憲生氏との共著『逆転無罪』として出版され、この本を原作として、1983年には所ジョージ氏主演で『逆転無罪 K銀行殺人事件 息子はなぜ犯人と名乗ったか？』というタイトルでテレビドラマ化もされています。冤罪の可能性が指摘された事件として、日本の刑事裁判史において重要な事例の一つとされています。

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