天満切子

天満切子：大阪の伝統と革新が織りなす輝き

天満切子は、大阪市北区に工房を構える切子工房RAU（天満切子株式会社）が創り出す、オリジナルブランドのカットグラスです。単なるグラスではなく、熟練の技が光る美術工芸品としての側面も持ち合わせています。

江戸切子・薩摩切子との違い

江戸切子や薩摩切子が主にV字形の刃を用いたシャープで幾何学的なカットを特徴とするのに対し、天満切子はU字形の刃を用いた「蒲鉾掘り」という技法を用いています。この技法により、角のない滑らかな曲線が生まれ、手に優しく馴染む感触が実現されています。

さらに、天満切子の特徴として、薬品による処理を一切行わず、全ての工程を手作業で行っている点が挙げられます。特に、グラスの輝きを最大限に引き出す「手磨き」と呼ばれる研磨工程は、時間と手間を惜しまずに行われています。この丁寧な仕上げが、天満切子の格調高い風格を醸し出しています。

グラスの底に施された繊細なカットは、側面に模様が映り込むように計算されています。酒を注ぐと、光の屈折によって底から徐々に模様が浮かび上がり、まるで万華鏡のように美しく輝きます。鑑賞する喜びと、実際に使用する際の美しさの両方を兼ね備えた、まさに美術工芸品と言えるでしょう。

大阪における切子の歴史

大阪と切子の歴史は古く、江戸時代に長崎でオランダ人からガラス製法を学んだガラス商人、播磨屋久兵衛が大阪に持ち込み、天満宮周辺でガラス工芸を始めたと伝えられています。現在も大阪天満宮正門脇には「大阪ガラス発祥の地」の碑が残り、その歴史を物語っています。

1819年（文政2年）には渡辺朝吉が大阪にガラス工場を設立。江戸切子の起源が同時期とされていることから、大阪におけるガラス製造は江戸よりも早いとされています。明治時代に入ると、1882年（明治15年）には大阪最初の洋式ガラス工場が設立され、1888年（明治21年）には島田孫市が天満地区に島田硝子製造所を興しました。島田孫市は大阪における洋式切子の草分け的存在であり、大阪の近代ガラス産業を象徴する人物として知られています。

その後、天満地区を中心にガラス工場が急増し、大阪のガラス産業は東京を凌ぐほどの隆盛を極めました。しかし、国内の競争激化や安価な輸入品の流入により、2010年代には天満地区からガラス工場はほとんど姿を消してしまいました。

切子工房RAUと天満切子の誕生

1933年（昭和8年）創業の宇良硝子加工所は、1998年（平成10年）に切子工房RAUと屋号を変え、宇良武一氏が生み出した独自の技法で製作された切子を「天満切子」として商品化しました。宇良武一氏没後は、宇良孝二氏へと事業が継承されています。

2016年にはフジテレビ系列の番組「SMAP×SMAP」で、元大阪市長の橋下徹氏がSMAPメンバーに天満切子を贈呈。2019年には「天満切子株式会社・切子工房RAU」として法人化され、G20大阪サミットでは各国首脳への国賓贈答品として選ばれるなど、その高い評価は国内外に広がっています。

現在も、伝統を守りながら新たなデザインにも挑戦し続ける天満切子は、大阪のガラス産業の歴史と職人の技の結晶として、未来へと受け継がれていきます。

参考文献

新修大阪市史編纂委員会『新修大阪市史 第6巻』大阪市、1994年
大阪市北区役所『北区誌』大阪市北区役所、1955年
北区制一〇〇周年記念事業実行委員会『北区史』大阪都市協会、1980年
大阪市北区役所区民企画『まちに活きる技と心:北区の伝統文化と職人さん』大阪市北区役所、2007年
山本健太『「天満切子」光消さぬ』毎日新聞、2014年11月25日付夕刊
小松雄介『色と表現　万華鏡』毎日新聞、2010年4月8日付、大阪版
* 上岡由美『ガラス復興、輝きに込めて』産経新聞、2009年5月27日付

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