天父受苦説

天父受苦説（てんぷじゅくせつ）は、3世紀に登場したキリスト教の異端思想の一つであり、モナルキア主義（一位神論）の潮流から生まれました。この思想は、正統的なキリスト教の教義からは異端とみなされています。

別名として、父神受苦説（ふしんじゅくせつ）や天父受難説（てんぷじゅなんせつ）とも呼ばれます。これは、父なる神自身が受苦したという主張を強調する表現です。

概説

天父受苦説は、神の位格は唯一であり、父、子、聖霊は神の異なる顕現様態であると主張する「様態論的モナルキア主義」の一形態です。東方教会ではサベリウス主義として知られていますが、西方教会ではテルトゥリアヌスやヒッポリュトスなどによって「天父受難説」という批判的な名称で呼ばれました。

この説の核心は、イエス・キリストは父なる神の一つの顕現様態であり、父と子は本質的に同一であるという点にあります。したがって、イエスが逮捕され、十字架にかけられたことは、父なる神がイエスの姿をとって苦しんだと解釈されます。つまり、受苦したのはイエスという人間としての側面ではなく、父なる神そのものであると主張するのです。

この説は、唯一神とキリストの関係を、キリストの神性を強調し、その人間性を軽視することによって説明しようとしました。これは、当時キリスト教内で議論されていた、イエスの神性と人間性の両立という難題に対する一つの解答として提示されました。しかし、正統的な教義では、父なる神とイエス・キリストは異なる位格でありながら、神性の本質において同一であるとされており、この天父受苦説の主張は受け入れられませんでした。

天父受苦説の背景

天父受苦説は、当時の神学的な議論、特にモナルキア主義の文脈の中で生まれました。モナルキア主義は、神の単一性を強調する思想であり、その中で様態論的な解釈は、父、子、聖霊という三位格を、一つの神の異なる現れとみなすものでした。この様な思想が生まれた背景には、キリスト教がその成立初期において、イエスの神性と人間性の両立をどのように理解するかという根本的な問題を抱えていたことが挙げられます。天父受苦説は、その解釈の一つとして登場し、その後、正統的な教義との間で激しい論争を繰り広げることになりました。

天父受苦説の影響とその後

天父受苦説は、異端とされた後も、キリスト教の思想史に一定の影響を与えました。この説は、神とキリストの関係について、異なる視点を提供し、後世の神学的な議論の出発点の一つとなりました。また、この説に対する批判や反論を通じて、正統的なキリスト教の教義がより明確に形成されていく過程においても、重要な役割を果たしたと言えるでしょう。現在では、天父受苦説の直接的な支持者はほとんど存在しませんが、キリスト教神学における様々な問題を考える上で、その歴史的な意義は無視できません。

出典

参考文献

• - 『初代教会史論考』園部不二夫著作集<3>、キリスト新聞社、1980年12月。

関連項目

• - キリスト教用語一覧
• - 様態論
• - モナルキア主義

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