奉教人の死

芥川龍之介『奉教人の死』：信仰と偏見、そして真実の物語

芥川龍之介の代表作の一つである『奉教人の死』は、1918年（大正7年）に『三田文学』誌上に発表された短編小説です。安土桃山時代の長崎を舞台に、教会から追放されたキリシタンの美少年ろおれんぞの生涯が、独特の視点と美しい文体で描かれています。

物語は、長崎の教会「さんた・るちあ」に身を寄せる美少年ろおれんぞの日常から始まります。彼は、自身の出自を問われても「はらいそ（天国）」が故郷、「でうす（天主）」が父だと答える、信仰心の篤い青年でした。しかし、教会に通う傘屋の娘との間に不義密通の噂が流れ、ろおれんぞは教会から追放されてしまいます。

罪を着せられたろおれんぞは、身寄もなく長崎の町を彷徨うことになります。しかし、彼はそれでもなお教会に通い、祈りを捧げ続けます。一方、噂の張本人である傘屋の娘は、ろおれんぞの子を身ごもります。

やがて、長崎の町で大火が発生します。混乱の中、傘屋の娘は生後間もない我が子を火災現場に置き去りにしてしまいます。その時、炎の中に飛び込み赤ん坊を救出したのは、他でもないろおれんぞでした。しかし、ろおれんぞ自身も重傷を負い、命を落としてしまいます。

ろおれんぞの死後、驚くべき事実が明らかになります。傘屋の娘は、赤ん坊の父親はろおれんぞではなく、隣家の異教徒であると告白するのです。そして、ろおれんぞの遺体から、女性であることを示す乳房が発見されます。ろおれんぞは、実は女性であったのです。

この作品は、単なるキリスト教迫害の物語ではありません。信仰の純粋さと、人間の弱さ、偏見の恐ろしさを同時に描き出しています。ろおれんぞの揺るぎない信仰心と、周囲の人々の誤解、そして最後に明かされるろおれんぞの真実の性――これらの要素が複雑に絡み合い、読者に深い感動と余韻を残します。

芥川龍之介は、この小説の着想について、架空の書物『れげんだ・おうれあ』を元にしていると記しています。この架空の書物、そして物語の修正過程には、多くの逸話が残されています。

発表当時、『れげんだ・おうれあ』は実在の書物として大きな話題を呼び、内田魯庵や新村出といった著名な学者たちも、その存在を信じていたと言われています。芥川自身も、この小説が完全に自身の想像によるものだと後に明言していますが、その背景には『レゲンダ・アウレア』（黄金伝説）の影響が指摘されています。

特に「聖マリナ伝」との類似性が注目されており、芥川はこれを参考にしながらも、独自の解釈を加え、独自の構成、そして物語の結末を創り上げています。

『奉教人の死』は、時代を超えて読まれ続ける芥川龍之介の傑作です。その美しい文体、緻密な構成、そして深く考えさせるテーマは、現代の私たちにも多くの示唆を与えてくれます。信仰、偏見、そして真実の物語として、この作品は今後も多くの読者を魅了し続けることでしょう。また、アニメ化もされており、様々な形で多くの人に親しまれています。

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