女性のまなざし

女性のまなざし

「女性のまなざし」（じょせいのまなざし、英語: female gaze）は、フェミニスト理論、特にフェミニスト映画理論で用いられる概念です。芸術作品における女性の観客、登場人物、あるいは制作者の視点を指し、作り手や受け手の実際のジェンダーに関わらず、女性を主体的な存在として捉え、その視点を議論する際に使われます。この概念は、1970年代のフェミニズム思想の高まりと共に構想され、ローラ・マルヴィが提唱した「男性のまなざし」（male gaze）に対応する形で生まれました。現在では、映画理論、ジェンダー研究、ポストコロニアル理論など幅広い分野で基本的な概念として活用されています。

背景と男性のまなざし

「女性のまなざし」に関する議論は、ローラ・マルヴィによる「男性のまなざし」についての考察を背景としています。マルヴィは、影響力のある論文「視覚的快楽と物語映画」の中で、映画において女性がいかに男性のまなざしによって客体化され、単に見られる対象（スペクタクル）として描かれるかを分析しました。彼女は、ジークムント・フロイトの精神分析理論を用い、男性のまなざしに潜む窃視症（のぞき趣味）やフェティシズムを指摘し、アルフレッド・ヒッチコック監督の『裏窓』などを例に挙げながら、多くの映画における女性描写を批判しました。「女性のまなざし」は、これに対して、女性が主体的に世界を「見る」視点や、女性同士の視線、あるいは女性が自分自身をどのように見るかといった視点を探求する概念として位置づけられています。

様々な理論的視点

「女性のまなざし」は多様な角度から論じられています。カナダの撮影監督ゾーイ・ダースは、特にドキュメンタリーにおける女性のまなざしに注目し、女性の制作者や被写体による映画制作が男性中心的な視点とは異なる、ありのままの描写を可能にすると論じます。彼女はまた、映画制作の技術分野における女性の少なさがこの視点の表現を妨げている現状を指摘し、女性監督や技術スタッフが自身の芸術をコントロールできる環境の重要性を訴えました。ポーラ・マランツ・コーエンは、「チック・フリック」ジャンルにおける「女性のまなざし」を、特に登場人物の衣服描写に焦点を当てて分析しています。彼女は、これらの映画で女性の衣服が性的対象化のためではなく、自立や個性を表現する要素として描かれる傾向や、女性キャラクターと男性パートナーの関係性が女性の理想として肯定的に描かれる点を指摘しています。映画作家のエイプリル・ムランは、自身の視点として、「女性のまなざし」を「観客と映画作家の間にあるベールが薄い、透明性」と表現しています。

作品分析における適用

「女性のまなざし」や関連概念は、多くの芸術作品分析に用いられています。美術史家のグリゼルダ・ポロックや映画理論研究者のフリアン・アルリャは、ブラハ・L・エッティンガーが提唱した「母体のまなざし」といった概念と共に、シャンタル・アケルマンやペドロ・アルモドバルの作品などが分析対象となっています。近年では、『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語|ハンドメイズ・テイル_侍女の物語』、『アイ・ラブ・ディック』、『Fleabag フリーバッグ』、『ラブ・ウィッチ』といったテレビシリーズや映画作品における「女性のまなざし」の存在が批評家によって論じられています。一方で、レズビアンの恋愛を描いた映画『アデル、ブルーは熱い色』は、「男性のまなざし」が支配的であるとして、相当数の批判の対象となりました。

概念への批判

「女性のまなざし」という概念に対しても、いくつかの重要な批判が存在します。ケイトリン・ベンソン＝アロットは、自身の著作『No Such Thing Not Yet: Questioning Television Female Gaze』の中で、この概念がしばしば白人ミドルクラス女性の経験を中心に据え、マイノリティ、特に非白人女性の経験や視点を十分に反映していないと批判しています。彼女は、非白人キャラクターが白人主人公を引き立てる脇役として描かれがちな現状を指摘し、『インセキュア』のような、黒人女性の経験を主体的に描く作品が新たなモデルとなりうると論じています。ナタリー・パーフェッティ＝オーツは、論文『Chick Flicks and the Straight Female Gaze』の中で、異性愛者女性のまなざしによる男性の性的客体化が、単なる偏見の反転に過ぎず、真のジェンダー平等には繋がらない可能性を指摘し、作品に内在する「セックス・ネガティブ」な態度との関連性も論じています。ジェシカ・テイラーは、論文『Romance and the Female Gaze: Obscuring Gendered Violence in the Twilight Saga』の中で、ロマンス作品における「女性のまなざし」が、暴力的な男性の身体を欲望の対象として描くことで、ジェンダーに基づく暴力の脅威を矮小化する危険性について、『トワイライト』シリーズを例に挙げて批判しています。これらの批判は、「女性のまなざし」を議論する際に、その多様性や潜在的な問題を考慮する必要があることを示唆しています。

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