婿取婚

婿取婚（むことりこん）

日本の民俗学において、古来からの婚姻形態を研究する上で重要な概念の一つに「婿取婚」があります。これは、夫婦がそれぞれ自身の生まれ育った氏族や家に生活の基盤を置きながら結ばれる「対偶婚」という形式に含まれる婚姻形態です。

婿取婚という言葉には、二つの異なる意味合いがあります。広い意味では、夫が妻のもとへ通う「妻問婚（つまどいこん）」をも含みます。一方で、狭い意味では、新郎が新婦の家へ迎えられ、特定の儀式を行うことで婚姻が成立する形態を指します。後者の狭義の婿取婚は、「婿取式婚姻」や「招婿婚（しょうせいこん）」とも呼ばれます。

対偶婚全体の特徴として、夫婦はそれぞれの氏族との結びつきが強く、夫婦間の結合は比較的ゆるやかであったため、関係の解消（離別）も比較的容易であったと考えられています。

学説と歴史的変遷

日本の婚姻史における婿取婚の意義を体系的に論じた研究者の一人に、民俗学者の高群逸枝（たかむれ いつえ）がいます。高群は著書『日本婚姻史』（1963年）の中で、日本の婚姻形態が時間とともに変化してきたという歴史的な変遷モデルを提示しました。

彼女の説によれば、日本の婚姻史は、まず「婿取婚」が主要な形態として存在し、それが次第に「嫁取婚（よめとりこん）」へと移行し、さらに近代以降には「寄合婚（よりあいこん）」という形が出現した、という段階を経て発展したとされます。

高群は、婿取婚をさらに詳しく分類し、妻問婚と狭義の婿取婚に分けました。そして、狭義の婿取婚をさらに、「前婿取婚」「純婿取婚」「経営所婿取婚」「擬制婿取婚」といった subtypes に細分化しました。

彼女の研究に基づくと、妻問婚は奈良時代ごろに多く見られた形態であり、狭義の婿取婚、特に純粋な婿取儀式を伴う形は、平安時代から鎌倉時代にかけて広く行われた婚姻形態であったとされています。

嫁取婚と寄合婚への移行

鎌倉時代以降、武家政治の時代が到来し、私有財産の蓄積とそれを父系の血筋で相続することが重視されるようになると、婚姻形態も変化していきます。夫の家に妻が迎え入れられる「嫁入婚（よめいりこん）」が社会の中心的な婚姻形態となっていきました。

さらに時代が進み、近代以降の社会に現れたのが「寄合婚」です。これは、母系の家に婿を迎える婿取婚とも、父系の家に嫁を迎える嫁入婚とも異なる、男女それぞれの個人が同等な立場を持つ一夫一婦婚の形態を指します。寄合婚の時代になると、婚礼の場所も、かつての夫方の家で行われることが多かった慣習から変化し、神社や寺院、公民館など、特定の家ではない場所で行われることが一般的になりました。興味深いことに、この新しい時代の婚礼方式の中には、高群が分類した婿取婚の一種である「経営所婿取婚」に見られるような要素との類似性が指摘されています。

このように、婿取婚は日本の長い歴史の中で特定の時代に主流であった婚姻形態であり、その後の嫁取婚、寄合婚へと続く婚姻史の変遷を理解する上で、民俗学的に重要な位置を占める概念と言えます。

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