対イラク経済制裁

イラク経済制裁：悲劇と論争の20年

1990年8月、イラクによるクウェート侵攻を受け、国際連合安全保障理事会はイラクに対して包括的な経済制裁を科しました。この制裁は2003年5月まで続き、イラクの社会、経済、そして人々の生活に深刻な影響を与え、現在でもその是非をめぐる議論は続いています。

制裁の目的と実施

制裁の当初の目的は、イラクのクウェートからの撤退、賠償金の支払、大量破壊兵器の廃棄でした。安保理決議661号に基づき、イラクとの貿易は全面的に禁止され、金融資産は凍結されました。人道的な理由から医薬品や食料品の一部は例外とされましたが、イラク経済は壊滅的な打撃を受けました。特に、原油輸出が禁止されたことで、外貨獲得手段をほぼ完全に失ったイラクは、食料の輸入が困難になり、深刻な食糧危機に陥りました。

市民生活への壊滅的影響

経済制裁は、イラク国民の生活をあらゆる面で圧迫しました。

食糧難と栄養失調: 食料の輸入が激減した結果、栄養失調に苦しむ子どもたちが急増しました。国連児童基金（UNICEF）の報告書によると、5歳未満の子供の約4人に1人が栄養不良に陥り、幼児死亡率が大幅に上昇しました。
経済破綻と失業: 失業率は50％に達し、多くの人々が貧困に喘ぎました。1人当たりの所得は、1980年の年間約2450ドルから1990年には250ドルへと激減しました。
インフラの崩壊: 湾岸戦争によるインフラの破壊と、維持に必要な部品や資材の輸入困難さから、電力と水道システムは機能不全に陥りました。汚染された水による感染症が蔓延し、特に幼児の死亡率を高めました。
医療崩壊: 薬や医療機器の不足により、医療システムは機能不全に陥り、救命措置すらままならない状況にありました。
教育の衰退: 学校に通う余裕がない家庭が増え、子供の就学率は大幅に低下しました。かつてアラブ世界で最高レベルだったイラクの教育システムは、質の低下を招きました。

犠牲者数の論争

制裁による犠牲者数については、大きな議論があります。

大規模犠牲説: UNICEFの調査（ICMMS）などによると、50万人以上の子供を含む、数百万人規模の犠牲者が出たとする報告があります。コフィ・アナン財団は、67万人から88万人の児童が死亡したとの推計を挙げています。国連人道問題調整事務所（OCHA）は、国連援助機関の報告として150万人の死亡者数を示しています。

犠牲者数は少ないとする反論: 一方、イギリスの医学雑誌『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』に掲載された論文は、ICMMSのデータに疑問を呈し、制裁による児童死亡率の上昇は誇張されていると主張しています。さらに、イラク政府によるデータ操作の可能性も指摘されています。

国際社会の反応

制裁の是非をめぐって、国際社会は大きく分かれ、国連関係者からも制裁への批判が噴出しました。

国連のイラク人道支援活動責任者であったデニス・ハリデーやハンス・フォン・スポネックは、制裁の非人道性を批判し、辞任に追い込まれました。
* マデレーネ・オルブライト元アメリカ国務長官の発言も、制裁による犠牲者の存在を暗に認めたと解釈され、激しい批判を招きました。

日本の対応

日本政府もアメリカ合衆国からの要請を受け、経済断交を行うなど、制裁に協力しました。湾岸戦争前はイラクからの原油輸入が盛んでしたが、制裁後は輸入量が激減しました。

オサマ・ビン・ラディンの批判

アルカイダの指導者オサマ・ビン・ラディンも、制裁によって多くのイラク市民が犠牲になったとして、アメリカを批判する声明を発表しました。

結論

イラクに対する経済制裁は、その目的と結果の間に大きな乖離があったと指摘されています。制裁の是非、犠牲者数の真偽については、未だに議論が続いており、歴史的な教訓として今後の国際関係を考える上で重要な問題となっています。様々な資料や報告を総合的に判断し、歴史的事実と多様な意見を理解することが大切です。 この問題は、人道上の危機と経済制裁のバランス、国際社会の責任、そして歴史的真実の解明という複雑な問題を含んでいます。

もう一度検索